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篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

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介護のうしろから「がん」が来た! 第20回

 もう一つのホルモン剤に比べ、副作用が少ないと言われるタモキシフェンだが、それでも二ヵ月くらい経った時点で、はっきりと更年期症状のようなものが出てきた。
 寝入って三時間でぴったり目覚めて、それきり寝られない、という中途覚醒は以前から周期的に現れていたが、かなり頻繁になった。
 久々に、いきなり首から上が熱くなるという症状にも見舞われた。
 久々、というのは、私は四十九歳で子宮筋腫の手術を受けた折に片方の卵巣に腫れがあったために、子宮と共にそちらも取っている。そんなことで耐えられないというほどではないが、不眠とホットフラッシュ、倦怠けんたい感、大量の寝汗、といった症状が出ていた。そこでホルモン補充療法を受け、乳がんが疑われたこの三月までエストロゲン単体のプレマリン錠の服用を続けていたのである。

 ホルモン補充療法を開始したのは、ちょうど母の認知症が傍からはわかりにくい形で生活上様々な影響を及ぼしてきた時期だ。こちらが不眠や気分の落ち込み、いらいらに悩まされるわけにはいかなかった。
 それ以上に自分が認知症になることを危惧した。母はもとより、母方の祖母、曾祖母、伯母などが晩年、認知症を患った(認知症に無縁だった伯母や従姉妹は卵巣がんや脳梗塞で比較的若くして命を落としている)。また母を含めて母方の親類の女性たちは揃って閉経が早い。アルツハイマー型認知症に女性ホルモンの欠乏が関わっているというのは、よく聞く話だ。
 
 ホルモン補充療法に関しての乳がんその他のリスクについてはあらかじめ医師から説明があった。が、そのときの私には、それががんか認知症か、究極の選択のように見えていた。終わりの見えるがんより、アルツハイマー型認知症の方がはるかに怖い。間近に見ている者の実感だ。
 それにホルモン補充療法の乳がん発症リスクはごく低いうえに、実際にそんな副作用があるかどうかもはっきりしていない。
 エストロゲン錠剤、プレマリン錠を処方してもらっている間は、かかりつけの婦人科で、定期的に血液検査や健康診断、年に一度の乳がん検診も受けていた。五十代も終わりに近付いた頃から錠剤の量を減らしており、もうそろそろ止めようか、と先生と相談していた矢先に、症状が出て乳がんが発見された。
 たまたまこの二、三年、母の方が目を離せなくなり、待ち時間の長い乳がん検診を怠っていた。

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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