よみタイ

群ようこ「いかがなものか」
ふだん何となく思っていながらも保留にしがち、あるいは言い切れないこと。
世間で起こる事件、流行、事柄、町で見かけたことなどについて、
違和感と疑問をスパッと投げかける。
群ようこ流、一刀両断エッセイ。

第10回 グレイヘア

 最近、白髪染めをしないで、素のままの髪の色を、グレイヘアと呼ぶようになったそうだ。白髪染めをしないフランスのマダムたちの写真集が出版されて、それが日本にも影響を及ぼしているのだという。私は肌が弱いので、パーマをかけたことも、一般的な白髪染めも経験したことがない。だからずっと白髪交じりになっている。
 白髪は五十代になって出はじめ、試しにインドの伝統的な染料のヘナを使ってみたことがあった。色がのっても徐々に退色していくので負担がないというのを聞き、どんな色になるのかを試してみたかったからだった。色合いは何種類かあるのだが、そのなかでいちばん濃いブラウンに染まる、インディゴが混ざった粉を購入した。ぬるま湯で溶くよりも、より濃い色に染まるというので、紅茶でどろどろに溶いて白髪の部分に塗って一時間放置。抹茶のような匂いがした。それを洗い流すと白髪に色がついたが、天然染料で刺激がないといいながら、私にはかゆくなってだめだった。しかし、かゆくならなければ使い続けたかというと、そうはしなかったと思う。私自身は白髪は隠す必要はないのではと考えるからだ。
 

 私の周囲の五十代、六十代の人で、白髪染めをしている人は約半数だ。染めている人も、「早くやめたいんだけど、タイミングがわからなくて」
 といっている。染めずにいる途中がとても見苦しくなるので、そこで我慢できずにまた染めてしまうという。それはたしかにそうだろう。ベリーショートならば、それほど目立たないだろうけれど、肩くらいの長さがあると、もとの自分の髪の色に戻るまで、一年半以上はかかるだろう。その間にはお洒落をして出かけなくてはならない場もあるだろうし、そうなったらやはり気になるのは当然だ。担当のヘアスタイリストの人に相談すると、そのほうが店が潤うこともあるのだろうが、
「染めたほうが若く見える」
 といつもいわれるのだそうだ。これは決定的な言葉で、「若く見える」は女性が白髪染めをやめるのを躊躇させる、悪魔の言葉なのだ。
 そういわれた彼女は、草笛光子さんを目標にしていて、
「今から白髪染めをやめておいたほうがいいと思う」
 とはいうのだが、「若く見える」という言葉にくじけて、
「ああ、また染めてしまった」
 と後悔するのだそうだ。
 もう一人の女性は私よりも五、六歳年下だが、白髪染めをやめようと思い立ち、何か月かは過ごしていたが、親戚の結婚式に出席することになった。すると娘さんに、
「式に出るときは、きれいにしておいたほうがいいから染めたら」
 といわれたのだという。それでまた白髪染めをして、
「元に戻ってしまった」
 と嘆いていた。染めても後悔、染めなくても後悔、魔のスパイラルである。
 私が通っているヘアサロンでは、最初に自分の好みを記入するアンケートを書く。そのなかに白髪染めはしないという欄があり、そこに○をつけたので、何もいわれない。「染めたほうが若く見える」と勧めるだけではなく、そういう店が多くなってくれれば、利用する人たちは鏡の前で迷わなくて済むのではないかと思う。
 どうして白髪はそんなにいけないものなのか。私が子供の頃のおばさん、おばあさんの髪の色は、白、灰、黒しかなかった。染める派の女性たちは、みな不自然に真っ黒な、日本人形のような髪の色をしていた。それだけ白髪染めの染料の色がなかった。茶系に染めている人は、水商売の女性とだいたい決まっていて、今から思えば失礼な話だが、大人たちはいい印象を持っていなかった。染料の質もよくなかったので、その茶色も今のような自然な茶色ではなく、日を追うごとに赤が勝ってばさばさになってくる。それに合うように化粧をすると厚化粧になって、余計に派手に見られたりもしたのだろう。
 一方、白髪頭の男性に対しては、「ロマンスグレー」という言葉があった。おじさん全部がそういわれたわけではなく、品のいい紳士や奥さんたちに人気のある中高年の俳優が対象だったが、グレーはわかるが、何がロマンスなんだろうかと、子供の私は首を傾げていた。女性に対してはそれに匹敵するような言葉は一切なく、「グレー」がよいという評価はなかった。それから数十年も経っているのに、いまだに女性は「白髪は老けて見える」呪縛から逃れられないのだ。
 ただ最近、「白髪」が「グレイヘア」と呼ばれるようになって、定期的にやっていた白髪染めをやめるのに抵抗がなくなった日本人女性が多いという話も聞いた。しかしグレイヘアといい換えたとしても、白髪は白髪に変わりはない。「不良」がやんちゃ、集団からの脱退、クビが「卒業」になったとしても、本質には何の変わりもないのである。きっとフランスのマダムがそうしているからと白髪染めをやめた人たちは、自分が流行にのった感じがするのだろう。なかには白髪染めが肌に合わず、皮膚が炎症を起こしたり、ひどいときは体調が悪くなっているのに、周囲の目を気にしてずっと白髪染めを続けていた人もいたそうだ。
「なんで自分の体を痛めて、それを我慢してまで周囲の目を気にするのか」
 といいたくなる。白髪染めをしたくない人はしなくていいし、したい人はすればいい。白髪染めをやめるきっかけが、外国ではグレイヘアと呼ばれているからというのが、ちょっとなあと思う。白髪染めをするかしないかは、個人的な問題なのに、それが外国人、それもフランス人マダムの影響というのも、ちょっと情けない。
 どんなものかとグレイヘアに関する本を買って読んでみたら、たしかにどの方も似合っていて、いいなと思った。しかしなぜかほとんどの人が赤い口紅をつけている。
「どうして白髪には赤い口紅なのか。それを否定はしないけれど、すっぴんでも薄い色の口紅でも、その人がよければいいのに」
 こうなると白髪と赤い口紅がワンセットになってしまう恐れがある。
「グレイヘアにするのだったら、赤い口紅を塗らないと変ですよ」
 というのなら、それは、
「白髪を染めないと若く見えませんよ」
 というのと同じだ。白髪になると様々な色が似合いやすくなるのは事実だから、それぞれ好きな色を楽しめばいいのに、ほとんどが赤い口紅というのが、私にとっては不思議だった。これで赤い口紅がもっと売れるのかもしれない。
 グレイヘアも商売の一つである。白髪染めの会社は商品が売れなくなって困るかもしれないが、グレイヘア関係の本は売れるだろうし、グレイヘアに似合うような品々にも動きがあるだろう。もしもフランス人マダムの本が話題にならなかったら、ずっとうじうじと悩みながら、白髪染めを続けていた人がいただろう。しかし外国人はもともと髪の毛の色が日本人より薄いし、白髪ができた女性のみんながみんな、グレイヘアにしているわけではないはずだ。私が若い頃は、外国ではブロンドのほうが好まれるので、髪の色が濃い女性は脱色しているという話も聞いたことがあった。
 ただ何であっても、自分がいやだと感じていることをやめるきっかけになるのはいいことだ。しかしそれを自分の意思で決定できないところが私は気になる。若い人なら異性の目も気になるだろうから、ちょっと我慢しても……というふうになるかもしれないが、白髪染めの対象になるのは、多くの場合中年女性である。四十数年生きてきてそれなりの分別もあるだろうに、我慢して白髪染めをし続けるなんて、
「それはだめでしょう」
 である。
 白髪染めをしている友だちは、私に気を使って、
「グレイヘアだから、こういう色が似合うわね」
 といってくれる。しかし私は、
「そう、白髪だからね」
 という。白髪は白髪なのである。すべてそこからではないか。私は白髪じゃなくてグレイヘア、という人はそれでもいいが、いつかグレイヘアが流行遅れになったときに、また心が揺り動くような気がする。流行に流されるのならそれもまたいいだろう。とにかく我慢する人生は、自分の顔に如実に表れる。髪を染めても染めなくても、それぞれの重ねてきた年齢が、いいほうに表れればいいなと思う。

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群ようこ

むれ・ようこ●1954年東京都生まれ。日本大学藝術学部卒業。広告会社などを経て、78年「本の雑誌社」入社、84年にエッセイ『午前零時の玄米パン』を刊行。同年に同社を退職し、専業作家となる。小説に『無印OL物語』などの<無印>シリーズ、『かもめ食堂』『婚約迷走中 パンとスープとネコ日和』『咳をしても一人と一匹』『散歩するネコ れんげ荘物語』、エッセイに『ゆるい生活』『欲と収納』『よれよれ肉体百科』『かるい生活』『まあまあの日々』『還暦着物日記』『この先には、何がある?』、評伝に『贅沢貧乏のマリア』『妖精と妖怪のあいだ 評伝・平林たい子』など著書多数。

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