2022.10.20
悪夢を蘇らせるトラウマスイッチは国境を越えて 第7回 風呂(バス)ガス爆発〜猫沢家の日常で繰り返される、家庭内連続爆発事故
犠牲者は2人目…いや、3人目かな
事故は人為的なもので、犯人はまたしてもあの祖父だった。祖父は、猫沢家の湯守だったため、毎晩、嬉々として風呂を沸かしていたのだが、それがまずかった。旧式のガス給湯器は、まず着火してから蛇口をひねって水を出すのが鉄則だったが、祖父は水を出してから給湯器を着火するという逆手順をしていたため、給湯器本体に漏れ出したガスが少しずつ溜まり、満タンになったところでドッカンといった、というのが真相だった。この日も祖父は、シロちゃんに間違った手順で風呂の沸かし方を教えたため、爆発事故が起きた。
走り去る救急車を見送りながら、母がのんびりした口調で言った。
「あーあ。犠牲者2人目……いや、3人目かな?」
「えっ⁈ こんなこと、前にもあったの?」
「あー……あんたは夏休みの臨海学校かなんかに行ってたから知らないんでしょうけど。何を隠そう、お母さんも被害者だから」
なんと! まだ上の弟が1歳になる前の乳幼児だった頃、母は弟を背負ったまま、今日のシロちゃんと同じく、祖父から〝魔の風呂ガス爆発手順〟を教えられ、病院送りを経験していたという。
「幸いにも今日ほどの大爆発じゃなくてね。給湯器に着火を確かめる小窓があるじゃない? あそこから火が噴き出して、顔と頭にまあまあの火傷をしたのよ。お風呂場の廊下のガラス窓は全部吹っ飛んじゃったけどね。でも、まだ赤ちゃんだったタカノビ(仮名)に怪我がなかっただけ、運が良かったなって」
母の愛、強し! しかしこの時も、救急車搬送で2〜3日の入院を余儀なくされた、まあまあの事故だったのにもかかわらず、なぜ私の記憶に残っていなかったのか。それは退院後、しばらく幼い弟共々、実家で静養していたからということが、後になってわかった。母は、祖父と仲の良かった私に、嫌なイメージを植え付けたくなかったのだと思う。優しいなあ……って、ちょっと! なぜその前に、祖父の湯守をやめさせるか、風呂沸かしの手順を誰も教え込まなかったのか? そっちの方が問題だろ。
そしてもうひとり、シロちゃんの怪我を激化させた首謀者がいた。実は、掘っ立て小屋風呂の設計を任されたのは父だった。その父が、風呂場の一面を巨大な透明ガラス窓にしてしまったのだ。理由は「俺が敬愛するゴッドファーザーのように、朝日を浴びながら風呂に入るためだ」と豪語した。え……ゴッドファーザーにそんなシーンあったっけ? あったとしても、こんな掘っ立て小屋じゃないよね? 父設計による、風呂にあるまじき窓ガラスが木っ端微塵になったせいで、シロちゃんは大怪我を負う羽目になった。
ちなみに私は、この窓ガラスの、また別種の被害者でもあった。風呂場が出来た頃は、まだ近隣にうちと同じ高さの建物がなかったのと、子供だったので、裸体丸見えのガラス窓でもさほど気にならなかったのだけど、思春期になった頃、お隣さんがうちと似たようなビルを建てた。しかも風呂場の対面が同じ年頃の男子の子供部屋らしく、私は裸体を見せまいと、床にへばりつくようにしながら入浴しなくてはいけなくなった。
ところで、風呂ガス爆発の第一首謀者である祖父は、一度も被害に遭っていない。給湯器にガスを溜め込みはしても、爆発する日は、なぜか不思議と別の人が代わりに風呂を沸かして犠牲者になるのだ。邪気のない天真爛漫な祖父には、何か強力な守護神がついていたとしか思えない。そして何度、事故が起きようが、誰も祖父を責めたりするのを見たことがないのも猫沢家のミステリーだった。言及しないのと同時に、問題改善もしないため、その後も風呂ガス爆発はたびたび起こり「あゝ この家では死ななきゃOKってことなんだな」と、私は解釈した。
先ほどから花火をぶっ放していた薬の売人たちは、周辺住民の通報で駆けつけた警察官に取り押さえられた。あたりに静寂が戻ってから、ハッと気がついた。
「このアパルトマンの給湯システム、ガスじゃないから爆発しないじゃん!」
この気づきにより、多少の破裂音を耳にしても怯えることなく、ユピ坊とパリでの入浴が楽しめるようになった、ナウ。
次回は11月17日(木)公開予定です。どうぞお楽しみに!