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悪夢を蘇らせるトラウマスイッチは国境を越えて 第7回 風呂(バス)ガス爆発〜猫沢家の日常で繰り返される、家庭内連続爆発事故

ここは、日本じゃない、猫沢家じゃない…

 時は流れ、2022年。ロシアによるウクライナ侵攻勃発の10日前という滑り込みで、辛くも移住を遂げた私は、右岸9区とは真反対の左岸13区へ居を構えた。パリ市内ではかなり難易度の高い〝バスタブ付き〟物件を奇跡的にゲットし、安堵したのには訳があった。日本から連れて来た二匹の愛猫のうち、下の子・ユピ坊が大の風呂好き(とはいえ、一緒に湯船に浸かるわけではなく、私の入浴の付き添いを生き甲斐としている)で、彼のためにもバスタブ付き物件を探したかったのだ。
 
「やっぱり日本人には風呂桶がなくちゃね」そんなことをユピ坊に話しかけつつ、湯に浸かる醍醐味を味わっていた、つい先日のこと。いきなり何かの爆発音が連続してアパルトマンの裏手から聞こえた。音に敏感なユピ坊が慌ててバスルームを飛び出してしまい、我らの極楽がいっぺんで台無しになった。それと同時に〝風呂+爆発音〟という、私にとっては悪夢を蘇らせる最悪のトラウマスイッチで気が動転し、素っ裸のまま、バスルームの窓をガッと開けた。すると、この連載の5回目にも登場したヤクの売人たちが、建物裏手にある広場で、爆竹などというかわいい代物ではない巨大な花火をドッカンドッカン打ち上げているではないか。「……おまえら‼︎ いい加減、ブッ○すぞ💢」と、思わず口から出たののしりフランス語を叫びながら、止まらぬどう眩暈めまいがしてきた。湯船にヘナヘナとくずおれながら、〝だ、大丈夫だ……ここは日本じゃない。ましてや猫沢家じゃない……〟と、自分に言い聞かせて正気を取り戻すのに、しばらくかかった。私のトラウマスイッチを入れたもの、それはもちろん猫沢家の恐ろしい家族史に由来する。

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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。最新刊は、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)。

Instagram:@necozawaemi

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