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父親のアノ部分を見てしまった親友がつぶやいた驚愕のひとこと 第6回 服と全裸と父・サピエンス〜猫沢家の服コンプレックスを脱ぎ捨てる2022年、夏

生まれたままの父・サピエンス

 そんな猫沢家で成長した私の〝服〟に対する基本的な感覚は、相当トチ狂っていたと自覚している。そとづらうちづらに天と地ほどの落差がある猫沢家。内情はグダグダでも、見栄っ張りな彼らが対外的に装う時は、必要以上にビシッとキメる。しかし家の中では、基本的に祖父と父は全裸でいることが多かった。祖父はトレードマークの白いふんどし一丁。かなり晩年になって体が弱るまで、祖父のパンツをはいた姿は見たことがなかった。そして父に関しては風呂上がり後の数時間、完全なる全裸で、娘が年頃になっても一向に気遣う様子も見せず、母が称賛する〝バズーカ砲〟をぶら下げたまま、何時間でも家の中をうろうろしていた。その姿を見るたびにホモ・サピエンスという単語が浮かび、もはや父などという社会的立場の役割名も、彼が固有名詞を持った現代人であるという認識も遥か遠くに消え去り、博物館の標本が目の前で動いている感覚でしか、父を見ることができなかった。そんななか、悲劇は起きた。

 高校時代のある日、親友のNが我が家に遊びに来た。リビングでお茶を飲みながら話をしていた時、その向かいにある風呂場から父の鼻歌が聞こえてきた。一瞬、ヤバいな……とは思ったが、来客についてはもう知っているだろうからわざわざ言わんでも……という私の読みが甘かった。

 ガチャ!

 突然、リビングのドアが勢いよく開き、そこには生まれたままの父・サピエンスが立っていた。ぜんとする私の横にNの姿を捉えた父は、次の瞬間、目にも止まらぬ速さでかぶっていたヅラをむしりとり、股間に素早くあてがった。プリンセス天功も舌を巻く、まさに華麗なイリュージョン。そして、Nに向かって「いらっしゃい。ゆっくりしてってね」と、気取った口ぶりで言い放ち、それから台所へと消えていった。〝ゆっくりできるワキャナドゥ‼︎〟と、心の中でラップ調に叫んでいた私。ところがNは、のんびりした口調で「エミちゃんのお父さんってさ、アソコの毛が凄いんだね〜」と、こともなげに言って「それでさあ ……」と、中断していた話の続きをし始めたではないか。ふとNの顔を見ると、メガネが外れている……そうなのだ。ど近眼のNがタイミング良くメガネを外している時に父が現れたおかげで、まだうら若き乙女だったNの心に、バズーカ砲のトラウマは植え付けられずに済んだ。彼女の視界に映っていたのは、ぼんやりとした父の輪郭と、股間の剛毛、これだけだった。それにしてもN ……ぼんやりとはいえ、人んちの親の全裸を目撃しても動じない、さすがしょっちゅう猫沢家に出入りしている私の親友! という感心と、ヅラのオールマイティーな使い道の広さに目からうろこであった。

イラストレーション:北村人
イラストレーション:北村人
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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。また、12月9日には最新刊、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)が発売されたばかり。

Instagram:@necozawaemi

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