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パリ郊外の暴動のさなか、流れ弾と催涙スプレーに裸足で逃げ回った2007年の夏 第5回 パパ・ヘミングウェイもびっくりな猫沢家の移動「呪」祭日

料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』、愛猫との日々を描く『猫と生きる。』がロングセラーとなっている猫沢エミさん。
2022年2月14日、コロナウイルスの終息が見えないなか、2匹の猫と共に再びフランスの地を踏み締めた。16年ぶり、二度目の移住のために。
遠く離れたからこそ見える日本、故郷の福島、そしていわゆる「普通」と一線を画していた家族の面々……。フランスと日本を結んで描くエッセイです。

第5回 パパ・ヘミングウェイもびっくりな猫沢家の移動「呪」祭日

アパルトマンのそばで起こった殺人事件

 このアパルトマンへ引っ越してきて、ひと月半ほど経った頃、うちの界隈かいわいである事件が起きた。10代後半の黒人青年が、抗争に巻き込まれて殺されたのだ……って、シャレにならない。猫沢さん、お住まいはどちら? である。ここはパリ左岸、13区と14区のほぼ境目に位置し、少し歩けばパリ有数の富裕層が暮らすモンスリ公園周辺の住宅街も近い。簡素な造りだが、建物は管理の行き届いた70年代の集合住宅で、住民はクラスが高く、礼儀正しい。住まいもカルチエもまったく問題がない……なのに、なぜ? 

 まずはとにかく、この界隈の事情をご説明しよう。うちの集合住宅の前には広場と、それを四角に取り囲むようにモダンな近代アパルトマン群が建っている。この中に《Logement Social -ロジュモン・ソシアル》と呼ばれる、低所得者や生活困窮者のための政府の援助が入った公営住宅が入り交じっている。とはいえフランスの場合、低所得者だけでなく、ある程度収入があっても、家族が多くて経済的に大変な人なども申請することができる、受け皿の広い公営住宅だ。ロジュモン・ソシアルに認定された部屋が入り交じっているアパルトマンは、必ず治安が悪くなるだとかそんなことは決してない。ふつうの賃料では住むのが難しいパリの一等地にもロジュモン・ソシアルは存在する。だから、それも〝なぜ私の暮らすアパルトマンと、その周辺のとても狭いエリアだけがピンポイントでゲットー化しているのか?″という理由としてはバツだ。ただし、うちの向かいのロジュモン・ソシアルに暮らす人々は、アフリカ人やアラブ人などの移民2世以降が多く、良くも悪くも雑多な雰囲気が入り混じる。それと、警察に追われても逃げ道が確保できる、この狭いエリアの建物構造に目をつけたのが、あるヤクの売人グループだった。と、ここから先は近隣情報プラス、彼と私の想像が入り混じるので、半分フィクションだと思ってお読みいただきたい。

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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。最新刊は、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)。

Instagram:@necozawaemi

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