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フランス渡航前の断捨離で見つけた古い手紙の驚くべき内容 第2回 金とビンボーのラブレター、フロム・過去

母のお金への固執の理由

 なぜ母がここまでお金に固執するのか? 母は、高度経済成長期の好景気真っ只中に、当時、資産家だった猫沢家に嫁いできた。国鉄職員の父を持つ堅実な中流家庭育ちで、きちんと躾けられて育ったはずの母。ところが結婚後の環境で金銭感覚が狂った。父が実家の家業である呉服店を祖母に任せて経営していた不動産会社はバブルが弾けて潰れ、後には大きな負債が残った。その負債を自分ひとりでどうにかしようとして、迷走しているうちに彼女の金銭感覚はすっかり道を見失ってしまった。父はもともと一度もお金に苦労したことのないおぼっちゃま育ちゆえ、金銭感覚自体がない。もちろん、戦後の好景気に乗って呉服店を切り盛りしてきた祖母と、愉快なだけの祖父も同じく。そんな先2代を持つ私とふたりの弟は、若い頃から一族の借金問題に悩まされてきた。ところがお金にトンチンカンなおとなばかりを見て育ったのにもかかわらず、ふたりの弟たちは真っ当で純粋な人間へと成長した。その弟たちが、両親のくだらない借金を肩代わりしなくてはいけなくなって「俺たちはまだ若いから、また働けばいいよ」と言った時、壮大な反面教師だなあと滲み入るように感じた。なんて心が広いんだ! ちなみに「くだらない借金」とは、こんな内容だ。すでに景気が低迷していた父の代での呉服店業は、衰退の一途を辿っていた。経費を削減してなんとか生き残りの道を模索しなくてはいけないのに、突然、母が「お店に自動ドアをつけることになったから、250万円、銀行から借金した」と電話をかけてきた。なぜ1日に2〜3人しか来ない客のために?! 「大丈夫よ〜。ちゃんと返済計画練ってるんだから」母から何度このセリフを聞いたことだろう。もちろんこの時も、負債はのちのち我々姉弟のところへやってきた。

 私がなけなしの貯金をはたいて両親に送った時も、まんまとしてやられた。母のか細い「公共料金が支払えなくて、ライフラインが止められそうなの」という電話の声を聞き、急いで振込をした翌日、父がそのお金を掴んで東京へ密かに上京。ゴルフクラブセットを買ってしまいましたとな。もうここまで来ると怒りもとっくに通り越して、なぜか援助している人側に悟りの境地が見えてくる。そうだ、相手(両親)に常識が通用しないなら、こちらが考え方を変えればいいんだ。お金なんか水みたいなものだ。どこかから流れつき、また流れていってしまう。あってもなくても同じ、幻のようなものだと。これか……この間違った方向の許容範囲の広さ。いや、間違っていようが、弟たちと同じく私も許容範囲だけは広い。だから、パリに暮らしていても多少のことでは驚かず、むしろこの自由で予測不能な街に、逃れきれない猫沢家の匂いを感じて憩えるのかもしれず。

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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。最新刊は、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)。

Instagram:@necozawaemi

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