よみタイ

便利すぎる都会を離れて、不便のなかに楽しさを知る

バツイチ、シングル子なし、女40代、フリーランス。 編集者、ライターとして、公私ともに忙しく過ごしてきた。 それは楽しく刺激の多い日々……充実した毎日だと思う。 しかし。 このまま隣室との交流も薄い都会のマンションで、 これから私はどう生きるのか、そして、どう死ぬのか。 今の自分に必要なのは、地域コミュニティなのではないか……。 東京生まれ東京育ちが地方移住を思い立ち、鹿児島へ。 女の後半人生を掘り下げる、移住体験実録進行エッセイ。

無駄の中にこそ眠っている、私の密かな楽しみ

 私の家から歩いて15分圏内で行ける場所は、神社と物産館と公民館くらいしかありません。
 温泉に行くときも、スーパーに行くときも車なので、あれだけ不安にさいなまれていた運転にもすっかり慣れてきました。永遠につけっぱなしにしておきたいと思っていた初心者マークも、だんだんと取れる日を待ち遠しく思うようになりました。
 運転をするときは、カーナビが必須です。もはや私はGoogleマップの奴隷で、ただただ言われた通りにハンドルを切り、目的地だけを目指します。とても便利ではありますが、ちょっぴり味気なさも感じています。そして、脳が刺激されることはなく、いつまで経っても道を覚えられないのでした。

 かつて、助手席に乗っていた頃、カーナビを信用しないパートナーの影響もあって、旅行に行く時は地図で案内するのが私の役目でした。
 “地図が読めない女”の私ですが、地図を見ることは大好き。地図には「夕陽100選」など、名所の情報が載っていて、近くにこんな場所があるみたいだから寄っていこうと提案し、思わぬ絶景との出会いがしょっちゅうありました。地元の人は知っていても、旅行者は知らない魅力的なスポットは各地にあります。
 目的地をただ目指すだけの移動は、“ちょっと素敵な場所”をたくさん見逃しているような気がします。
 
 そんな中、地元の人から聞く情報は、新しい場所を知る機会を増やしてくれました。温泉で名前も知らない人と会話することは今や日常です。
「普段は別の温泉に行ってるんだけど、ここもいいわねえ」
「いつもはどこに行っているんですか?」
「〇〇温泉ってところ。建物は古いけど、お湯はいいのよ」
 場所も詳しく教えてくれますが、道を覚えていない私にはまったくわからず、なるほどなるほどと頷いては、スマホで場所を調べて翌日足を運びます。
 先日は、惜しまれながら閉まってしまう温泉で、どこの温泉は泉質がいい、あそこは建物が立派だけど泉質はダメだと、おばちゃん達が閉館後どこに通うかを話し合っていて、
「すみません、今言っていたの何ていう温泉ですか?」
 と自ら話しかけて教えてもらいました。東京では、知らない人に話しかけることに躊躇ちゅうちょしてしまうけれど、ここではそれが当たり前なので、躊躇ためらうことはありません。そうして手に入れた情報をもとに、通う温泉の数は数珠じゅずつなぎに増えていきました。

 道路の標識も侮れません。地方に行くと、知名度はない名勝が標識に書かれていることがよくあります。
 先日はスーパーに行った帰りに「台明寺だいみょうじ渓谷公園」と書かれた標識を見つけ、なぜか無性に気になって、そちらに向かって車を走らせてみました。
 到着すると、人っ子ひとりいない渓谷で、それはそれは美しい川が流れていました。夏になれば、子どもたちが水遊びに興じるのでしょう。短い散歩コースをぐるりと回り、マイナスイオンを浴びて帰路に着きました。
 Googleマップの奴隷にばかり徹していたら、寄り道は許されない。便利だし効率的だけど、無駄だと切り捨てられてしまうところに、私の享楽は眠っているように思います。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

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