編集者、ライターとして、公私ともに忙しく過ごしてきた。
それは楽しく刺激の多い日々……充実した毎日だと思う。
しかし。
このまま隣室との交流も薄い都会のマンションで、
これから私はどう生きるのか、そして、どう死ぬのか。
今の自分に必要なのは、地域コミュニティなのではないか……。
東京生まれ東京育ちが地方移住を思い立ち、鹿児島へ。
女の後半人生を掘り下げる、移住体験実録進行エッセイ。
2022.5.14
便利すぎる都会を離れて、不便のなかに楽しさを知る

無駄の中にこそ眠っている、私の密かな楽しみ
私の家から歩いて15分圏内で行ける場所は、神社と物産館と公民館くらいしかありません。
温泉に行くときも、スーパーに行くときも車なので、あれだけ不安に苛まれていた運転にもすっかり慣れてきました。永遠につけっぱなしにしておきたいと思っていた初心者マークも、だんだんと取れる日を待ち遠しく思うようになりました。
運転をするときは、カーナビが必須です。もはや私はGoogleマップの奴隷で、ただただ言われた通りにハンドルを切り、目的地だけを目指します。とても便利ではありますが、ちょっぴり味気なさも感じています。そして、脳が刺激されることはなく、いつまで経っても道を覚えられないのでした。
かつて、助手席に乗っていた頃、カーナビを信用しないパートナーの影響もあって、旅行に行く時は地図で案内するのが私の役目でした。
“地図が読めない女”の私ですが、地図を見ることは大好き。地図には「夕陽100選」など、名所の情報が載っていて、近くにこんな場所があるみたいだから寄っていこうと提案し、思わぬ絶景との出会いがしょっちゅうありました。地元の人は知っていても、旅行者は知らない魅力的なスポットは各地にあります。
目的地をただ目指すだけの移動は、“ちょっと素敵な場所”をたくさん見逃しているような気がします。
そんな中、地元の人から聞く情報は、新しい場所を知る機会を増やしてくれました。温泉で名前も知らない人と会話することは今や日常です。
「普段は別の温泉に行ってるんだけど、ここもいいわねえ」
「いつもはどこに行っているんですか?」
「〇〇温泉ってところ。建物は古いけど、お湯はいいのよ」
場所も詳しく教えてくれますが、道を覚えていない私にはまったくわからず、なるほどなるほどと頷いては、スマホで場所を調べて翌日足を運びます。
先日は、惜しまれながら閉まってしまう温泉で、どこの温泉は泉質がいい、あそこは建物が立派だけど泉質はダメだと、おばちゃん達が閉館後どこに通うかを話し合っていて、
「すみません、今言っていたの何ていう温泉ですか?」
と自ら話しかけて教えてもらいました。東京では、知らない人に話しかけることに躊躇してしまうけれど、ここではそれが当たり前なので、躊躇うことはありません。そうして手に入れた情報をもとに、通う温泉の数は数珠つなぎに増えていきました。
道路の標識も侮れません。地方に行くと、知名度はない名勝が標識に書かれていることがよくあります。
先日はスーパーに行った帰りに「台明寺渓谷公園」と書かれた標識を見つけ、なぜか無性に気になって、そちらに向かって車を走らせてみました。
到着すると、人っ子ひとりいない渓谷で、それはそれは美しい川が流れていました。夏になれば、子どもたちが水遊びに興じるのでしょう。短い散歩コースをぐるりと回り、マイナスイオンを浴びて帰路に着きました。
Googleマップの奴隷にばかり徹していたら、寄り道は許されない。便利だし効率的だけど、無駄だと切り捨てられてしまうところに、私の享楽は眠っているように思います。