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フランス渡航前の断捨離で見つけた古い手紙の驚くべき内容 第2回 金とビンボーのラブレター、フロム・過去

達筆との落差がすごい母の手紙の内容

 26歳で、日本コロムビアからシンガーソングライターの〝猫沢エミ〟としてデビューした時も、だ。初めてのシングルCDをリリースして間もない頃、実家へ帰ってみると、祖母が嬉しそうに「おめでとう! エミちゃんのCD、駅前の楽器屋で買ってきたよ、ほら」と見せてくれたのは、安室奈美恵のシングルだった。ありがとう、こんなに可愛い人と間違えてくれて。っていうか、

〝あ む ろ な み え〟
〝ね こ ざ わ え み〟

 あゝ そうね〝みえ〟と〝えみ〟あたり? ……辛うじてね、名前んところがちょっと似てるって言えば似てるって全然違うやーん! と、もちろんツッコミを入れましたよね。

「悪美レター」の下に隠れていた母の手紙は、以下全文掲載にて。

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 拝啓

ずいぶんご無沙汰いたしました。平成13年5月12日PM7:48 暗闇の中、母の日の花が届きました。こんなにみごとな百万本のバラ(6本)私の大好きなバラ、そのバラをそばで見ていた父、曰く あ〜これは一本五百円位だな どう見積もっても五千円がいいとこか……。
母、もうちょい安いんじゃんと久々夫婦の会話が弾んだ晩でした。でもいいわ、花を買えるお金が有ったんだもの。いいわよ!うん絶対いいわ!

*そして、手紙の左上隅っこには「母の状態です。ビンボーに潰されそう→」と、とても悩んでいるようには見えないふざけたイラストまで描き添えてある。

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 母の文体の主軸はいつも〝金とビンボー〟だった。毎回執拗なまでに繰り返されるこのネタ。一見なに食わぬ顔をして、常識ある母親ぶりを演出するかのような、丁寧な導入部。そこからバラを受け取った際のポエティックな情景描写を経て、真骨頂の〝金とビンボー〟を絡めた笑いの世界へと突入する。さらに達筆な母の文字が、内容と書面の美しさの落差効果を存分に発揮して、さらなる笑いの世界へと誘ってくれる。うん、お見事!

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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。最新刊は、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)。

Instagram:@necozawaemi

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