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フランス渡航前の断捨離で見つけた古い手紙の驚くべき内容 第2回 金とビンボーのラブレター、フロム・過去

料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』、愛猫との日々を描く『猫と生きる。』がロングセラーとなっている猫沢エミさん。 2022年2月14日、コロナウイルスの終息が見えないなか、2匹の猫と共に再びフランスの地を踏み締めた。16年ぶり、二度目の移住のために。 遠く離れたからこそ見える日本、故郷の福島、そしていわゆる「普通」と一線を画していた家族の面々……。フランスと日本を結んで描くエッセイです。

第2回 金とビンボーのラブレター、フロム・過去

”街全体が猫沢家”のパリへふたたび

 前回の母が言ったように、フランスと縁があるのか? またはないのか不明なまま、とにかく32歳の私は愛猫一匹を連れて2002年の夏、パリへ渡ったわけだが、その後4年間のアパルトマン暮らしと、さらにその後、フリーペーパーの立ち上げ(私は2007年から10年間「BONZOUR JAPON」というフランス文化に特化したフリーペーパーの編集長をしていた)で、日本とフランス半々の生活を2年ほど続けたのち、一旦、日本へ仕事の基盤を戻して14年が経った。

 フランス語を話すとか、フランスに関連する仕事をしていると、かならず「どうしてフランスがお好きなんですか?」という質問を受ける。答えは〝動物に近い状態で生きていける国だから〟だろうな、やっぱり。そして、今これを書いていてハタと気づいたのだけど、私が暮らすパリの街全体が猫沢家の家庭環境と似ているのだ。不条理に満ちていて、個人の感情や都合が公よりも最優先される。予定は常に未定で、その代わりに予測不能な驚きに満ちている。そして、なによりもこの街にいて楽なのは、誰しもが不完全なまま、それを許し合って生きているところだろうか。そう、猫沢家の人々も他者への許容範囲がとても広かった。ただし、その許容範囲は正しいのか、間違っているのか、そこはたびたび疑問だったが。この14年の間に祖母が他界し、そして2017年に父、ついで2019年に母が亡くなり、猫沢家の先代たちがみなこの世を去った。私自身が50歳を越えてから、ふたたびパリへ戻ろうと思った理由のひとつに、長い猫沢家の歴史との清算、という意味が少なからずあったことは否めない。ところがどっこい、〝街全体が猫沢家〟みたいなパリへ自ら戻ってきたのかー……。

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猫沢エミ

ミュージシャン、文筆家。2002年に渡仏、07年までパリに住んだのち帰国。07年より10年間、フランス文化に特化したフリーペーパー≪BONZOUR JAPON≫の編集長を務める。超実践型フランス語教室≪にゃんフラ≫主宰。著書に料理レシピエッセイ『ねこしき 哀しくてもおなかは空くし、明日はちゃんとやってくる。』『猫と生きる。』など。
2022年2月に2匹の猫とともにふたたび渡仏、パリに居を構える。
9月、一度目のパリ在住期を綴った『パリ季記 フランスでひとり+1匹暮らし』が16年ぶりに復刊(扶桑社)。また、12月9日には最新刊、愛猫イオの物語『イオビエ』(TAC出版)が発売予定。

Instagram:@necozawaemi

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