2021.11.28
心に残る、食べられなかったジョージア料理
こんな旅だったから、食事なんてほとんどできなかった。あんなに楽しみにしていたのに。諦めきれず、無理だとはわかっていても、ほんの少しお腹の調子が良いと思えた晩に、私は自分を奮い立たせて食事にでかけた。水餃子のようなものだと聞くヒンカリならば、身体もびっくりしないかもと思い、注文してみた。
美味しい。口中に含んだときの幸福感はたとえようがない。久しぶりのまともな食事に涙が出そうになる。ところが、飲み込んで数分するとお腹が痛くなってくる。本当に泣いてしまいそうだ。ぼんやりと皿を見つめていたら、隣の席に男性がドカッと腰掛けた。馴染みの客らしく、店員と言葉を交わしたあと、携帯電話を取り出し電話をかける。アメリカ英語だった。
電話を切った彼とふと目があった。会釈して、少しだけ会話をした。アメリカ人で、ジョージアに移住してもう長いという。私のテーブルの上に残されているごちそうを見て、彼は「食べないの?」と聞いてきた。それで、私は「もしよかったら、食べてもらえませんか」と言った。彼は「え? いいの? じゃあ、遠慮なくいただくよ」と言って、ニコッと笑った。
見知らぬアメリカ人におすそわけしたヒンカリ。それがジョージアの食の主な思い出だ。こういう悲しいひとり旅もたまにはあるものだ。そしてまた私はお腹を壊し、横たわるしかなくなってしまった。
ゲストハウスのリビングのソファに日本人男性がいるのを見かけたのは、その晩だっただろうか。
「こんにちは、日本人の方ですか?」と、声をかけたのはどちらからだったのか、もう覚えていない。彼は二十代で、そのときの私には羨ましくて仕方ないほど溌剌として健康そうだった。真っ黒に日焼けしたふくらはぎと二の腕が、美しく引き締まっている。