2021.1.15
ライオンの夢、カラハリの風
いったい何時間走ったかわからないころに、ボツワナとの国境に着いた。簡素なフェンスと門、小屋のような建物があっただけのような記憶がある。パスポートチェックを終えて、再び車に乗り込む。私たちはこれからさらにドライブをして、ボツワナの「中央カラハリ動物保護区」へと向かうのだ。中央カラハリ動物保護区は、5万2800平方キロメートルもの面積があるそうで、これまで動物園でしか見たことのないキリンや象、ヒョウやハイエナ、その他私には名前のわからないたくさんの野生動物たちが生きている。「ライオンに会える?」とアーチーに聞くと、「そればっかりは、わからない。これから行くのは本物の自然だ。動物が用意されている場所とは違う。ライオンに会うのは、よっぽど運がよくないと難しいな」と言った。
ドライブだけで半日以上を要したので、キャンプサイトに着くとすぐに寝床をこしらえ、食事の準備が始まった。夕方以降は、人間はおとなしくするべき時間なのだという。というのも野生動物の多くは夜行性で、狩りが行われる。だから危険度も増す。野生動物を見たいなら、早朝がもっともよい。その頃にはお腹がいっぱいの動物たちは眠くなり、ゆったり過ごしているからだ。
その日は誰もが知るスター動物には会えなかったが、代わりに、小さな生き物をたくさん見かけた。のそのそと車の前を横切っていったリクガメ。耳の長いウサギ。動きが速すぎてよく見えなかったキツネのような何か。そして、絵本の中でしか見たことがない姿をした、たくさんの木々。曲がりくねって乾いたものもあれば、背は低いけれど大きく枝を広げているものもある。葉をつけているもの、枯れているもの、花をつけているもの。直線の枝に鋭く大きなトゲをつけていて、近寄るのに気を遣う木。乾いた空気のなかで目にうつるすべてが、その存在さえこれまで知らず、想像できたこともないものだった。
マドレーヌが私とキヨミちゃんを呼ぶ。近寄ると手のひらを差し出した。見ると、指先でふいに潰してしまいそうな小さな虫がいた。鮮やかな赤色の毛をふわふわと全身にまとっている。キヨミちゃんも私も「わあ!」と声をあげた。マドレーヌはほほえんで、「サファリに来ると、みんな、ライオンや象やサイを見たいとやっきになるの。でもね、ここには無数の生きものが生きている。こんなに小さいいのちもあるのよ」。キヨミちゃんは、うん、うん、と大きく頷き、私を振り返ってにこにこした。
私たちはすっかり腹ぺこだった。アーチーは大量の肉を冷蔵庫から持ち出し、火を起こす。彼はバーベキュー奉行でもあって、焼き加減については他人の口出しを許さない。ビールを飲みながら、おとなしく待つ。私の目にはもう十分火が通っていると思えるのに、アーチーはまだまだ焼く。香ばしい匂いに我慢の限界が近づくが、どうにか耐える。ついに焼き上がったとき、身体の底から歓喜がわき上がってきた。アーチーはひとりひとりの皿に尋常でない量の肉を配ったが、誰も残さず、平らげた。身体も食も細いキヨミちゃんですら、完璧に食べ終えた。アーチーは満足そうに、まだ食え、もっと食えと勧めた。
その後、私たちはテントで眠りに落ちた。翌早朝には車でいよいよ野生動物たちを見に行く。しかし会えるかどうかは時の運だ。期待と不安で胸がいっぱいだった。