2021.1.15
ライオンの夢、カラハリの風
プライベートや取材で、さまざまな場所を訪れ、人々と食卓を囲み語る。
日常や旅先で見つけた、人生の記憶に残る言葉やエピソードの数々。
人との出会いは一期一会。だけど宴は縁をつなぐ――そんな食と人生にまつわるエッセイです。
前回は12年ぶりに会う大学時代の親友とドリップコーヒーのストーリーでした。
今回は、不思議な夢をきっかけに旅することになったアフリカのボツワナ、中央カラハリ動物保護区でのストーリー。アフリカの大地と風、そして、おいしそうなバーベキューを感じてください。
ある年の正月に、強そうなライオンの夢を見た。それは初夢というにはしつこく、数ヶ月に渡って繰り返された。一富士二鷹三茄子というけれど、その年は一にライオン、二にライオン、三カ月たってもまだライオン、という様相で、目覚めるたび「なぜ」と自問するのだった。確かに私はライオンが好きで、憧れている。だが立て続けに夢を見るほど恋い焦がれているつもりはない。しかし夢にひっぱられていたのか、それから半年くらいの間、ライオンのフィギュアや置物を見つけると、なんとなくいくつも買った。
そうこうしていたら、ある日、知り合いが「今度アフリカに行って本格的なサファリをしたいと思っているが、実行するには人数が少し足りない」という話をしていた。別に彼は私を誘っていたわけではない。近況報告として淡々と喋っていた。私は説明を聞き終わる前に「私が行く。絶対に行くので、人数に入れてほしい」と強く言った。予算も聞かぬうちだった。しかし行かねばならない、という絶対的な命令のようなものを身のうちに感じた。彼は「え、あ、そうですか」と言い、ためらったようではあったが、話の流れとして断ることもできなさそうで、了承した。二人ずつ何組かを集めてツアーを組む方がきっとラクだっただろう。私が突然、参加すると言い張ったせいで、きっと彼はその後、単独で動ける人物をもうひとり探さねばならなくなったはずだった。しかし彼の迷惑など、どうでもよかった。夢見の謎がいきなり解けた気がしたのだ。
そして私たちは、アフリカ大陸へと向かった。11月のことだった。降り立ったのは南アフリカ共和国のヨハネスブルク空港だ。そこから車に乗って、郊外にある案内人の家に行った。アーチーという名前の、背が高くて体格のがっしりした、そしてお腹が張り出した白人の中年男性が出迎えてくれた。私を見るや「小さいのが来たな!」と言った。私もまた、「ずいぶんでかいな!」と思った。私との身長差は50センチ以上ありそうだった。
アーチーはサファリの達人で、冷蔵庫や寝床も完備したランドクルーザーで年に何度もキャンプに出かける。ときには数週間に渡ることもあるという。今回は私たち初心者のために最適なルートやスケジュールを考えてくれていた。参加者は全部で6人。うち日本人は4人で、男女ふたりずつだった。アーチーとその恋人のマドレーヌが案内人として私たちを率いる。車は二台編成で、アーチーの車を追ってもう一台が続く。アーチーが運転する車の後部座席に、私とキヨミちゃんが乗った。
キヨミちゃんとは一度か二度会ったことがあったが、ゆっくり話したことはなかった。彼女は礼儀正しい人なので、年上の私にちょっと遠慮しているふうでもあった。風景を見逃したくないのだろう、一生懸命、窓外を眺めていた。
アーチーの車は猛スピードで走る。砂煙が巻き上がる向こうを指して、キヨミちゃんが「あれはなんだろう」と首を傾げるのは、黄色いまん丸の不思議な実だ。バスケットボールくらいの大きさで、道の両脇にいくつも転がっている。私も先ほどから気になっていた。というのも何キロメートルも前からそれは無数に生っていたから。厳密には、生っているのか落ちているのかもわからなかったのだが。「スイカ的なもの?」とキヨミちゃんと推測する。どうやらそれはウリ科の実らしく、水分がたっぷり含まれていて、動物たちが喉の渇きを潤すために食べるらしい。アーチーは植物名まで説明してくれたはずだが、覚えていない。彼はさらに、こんな話をしてくれた。「特に象が好んで食べるんだ。これを食べたあとの象のうんちは水分がたくさん含まれている。どうしても飲み水がないときは、俺たちはそのうんちを絞って飲むんだよ」。アーチーは元軍人で、過酷な訓練を砂漠地帯で行った経験があるようだ。象の糞から水分を摂取するというのは、相当追い詰められたときの話だろう。後部座席でキヨミちゃんと絶句する。