2021.5.22
「持たざる女」たちの戦い。 美貌、結婚、子ども、キャリア…互いを比べ合う苦しい友情(第9話 妻:麻美)
結婚、仕事、子ども…“持たざる女”たちの戦い
「ねぇ、この前大丈夫だった?」
東銀座にある小さなカフェの席に着くなり、友人の梨花が怪訝そうに言った。
「矢野くん。だいぶ麻美に言い寄ってたみたいだけど。あの人って昔からちょっと危ない感じあるよね」
吐き捨てるように言うと、彼女は気怠そうに髪を掻き上げた。男が集まる食事会の後で、彼らの悪口を並べるのは梨花の学生時代からの癖だ。
今日は彼女の仕事の休憩時間に合わせてランチに来ている。外資系メーカー勤務の彼女はほとんど在宅勤務だそうで、自宅近くまで麻美がやってきたのだ。
「お育ちの良い商社マンぶってるのに、いつまでも独身だし、評判もあんまり良くないし」
昔ミスキャンパス候補に選ばれた美しい顔立ちは変わっていないが、昼間の明かりの下で見る梨花の肌は疲れていて、自慢のロングヘアも少し乱れていた。顔を歪めると、厚く塗られたファンデーションの所々にシワが寄る。
きっと仕事が多忙なのだろう。いくら美人でも、30歳を過ぎた独身女が仕事で消耗すれば疲れを隠すのはなかなか難しい。
「大丈夫に決まってるでしょ。やめてよ、今さら」
本当は誰かに晋也の話を打ち明けたくてたまらなかったが、麻美は自制して微笑む。
「でも、矢野くんの気持ち……いや、人妻にちょっかい出したくなる男の心理もちょっと分かるな、私」
すると梨花は、溜息まじりに笑った。
「ああいう拗れた男って、普通の女にはもう相手にされないから。後腐れのない綺麗な人妻ってちょうどいいよね。麻美は子どももいないし、専業主婦で時間もあるし」
晋也のことを考えながらぼんやり会話をしていた麻美はハッとする。
「いくら暇でも気をつけてね、悪い男には」
梨花はさも心配するような表情で自分を見つめているが、その瞳の奥には隠しきれない敵意が光っていた。
「あはは。うん、気をつける」
ひとまず鈍感なフリをして笑っておいたが、ショックだった。
梨花とはインスタグラムを相互フォローしているから、最近は麻美がPR活動に精を出しているのも分かっているはずだ。なかなか子作りが難しいことを打ち明けたこともある。それを「暇」の一言で片付けるということは、彼女は麻美を攻撃しているのだ。
こんな経験は10代の頃から何度もしているし、この類の “持たざる女”の僻みなんて気にするだけ無駄だ。
けれど今は、麻美自身も“持てない物”がいくつもあるのに。
結婚、仕事、子ども……すべてを揃えない限りは、常に誰かに見下される。インフルエンサーくらいじゃ、まだ全然足りない。
梨花と別れた後、麻美はザワつく心を抑えられないまま乃木坂にあるエステサロンに向かった。
先日、インスタグラムにやたらと丁寧なモニター依頼のDMが届き、それを引き受けたのだ。
かなり築年数の高そうな古いマンションが目に入るなり、この案件を受けたことを後悔した。DMを寄越したのは若い女性のセラピストで、小顔矯正と痩身マッサージを学び独立したばかりだと言っていたが、いくら無料でも効果が薄ければ時間の無駄だ。
狭いワンルームの一室は小綺麗に整っていたし、若いセラピストは可愛い顔をしていた。しかし、やはり安っぽさが否めない。
おずおずと緊張気味に施術の説明をする彼女の言葉を聞き流し、麻美は投げやりな気持ちでベッドに身体を投げ出した。アザなど作られないように気をつけよう。
「……では、始めさせていただきます」
しかし、施術が始まってすぐに麻美は驚愕した。
エステは頻繁に通っているが、彼女は非常に高い技術を持っていたのだ。マッサージの流れも強弱もリズムも完璧で、身を任せているうち、乱れた自律神経が整っていくのが明らかに実感できた。
「え……すごい、どうして? 顔が小さくなってる……」
さらに施術後に渡された手鏡の中には、一回り小さく若返った自分の顔があった。たった一回でこれほど効果の出るサロンなど、他に見たことがない。
そしてその瞬間、麻美は頭で考えるより先に、自分でも驚く言葉を口にしていたのだ。
「ねぇ……あなた、私と一緒に仕事しない?」
まだ名前すらろくに覚えていない女の腕を、強く掴みながら。
(文/山本理沙)
※次回(夫:康介side)は6月5日(土)公開予定です。