2021.5.22
「持たざる女」たちの戦い。 美貌、結婚、子ども、キャリア…互いを比べ合う苦しい友情(第9話 妻:麻美)
「小金に縛られるのは、もう御免」ー主婦の意地
あれから、康介との会話はさらに減った。
夫婦というよりも「同居人」という言葉がピッタリだ。
拗ねているのか、本当に仕事が忙しいのか、夫の出勤時刻は早まり帰宅時刻は遅くなった。少し前まで麻美が毎朝恐れていた「今日は家で仕事する」という発言、つまり在宅勤務もなくなった。
顔を合わせる時間は激減したものの、しかし彼は麻美が洗濯をした下着とアイロンをかけたスーツを着て、用意した食事もきれいに食べ、基本的には夫婦として日々を過ごしている。
不必要な文句は言われたくないから、麻美も妻の役割として家事だけは淡々とこなしていた。まるで完全に仮面夫婦だ。
そして麻美は、必要最低限の生活費以外に康介から与えられた家族用のクレジットカードを使うのをやめた。
先日、妻を嘲笑うように「旦那より小銭稼ぎが大事?」と言った夫。その質問には行動で答えようと思ったのだ。これまでは洋服も美容代も外食費も康介のカードを使っていたが、自分でやりくりすることにした。
と言っても、もともと好き放題に夫のお金を使えたわけでもない。何かと細かい康介は毎月クレジットカードの明細をチェックして、麻美の金遣いにチクチクと苦言することもあったからだ。
小金に縛られるのも、もう御免だ。
それに最近はインスタグラムからの収入が驚くほど増えている。先日は美脚ソックスのPRを頼まれストーリーズにリンクを貼ったところ、麻美のアカウントから購入に至ったフォロワーがかなりいたようで、それだけで一般OL並の月収入になった。
ちょっとした洋服を無料で貰ったり、エステサロンや美容院も無料どころか施術内容を投稿すれば報酬が出ることも多い。
SNSは何年もコツコツと続けてきたし、この数ヶ月は他のインスタグラマーやアクセス状況を研究しながらマメな更新を繰り返し、フォロワー数もかなり伸ばした。地道な努力がようやく功を成したのだ。
よく晴れた昼下がりの青空を眺めながら、麻美はバルコニーでオーガニックコーヒーを啜る。
ふと思い出し、昨日ネイルサロンに行ったばかりのフレンチネイルの写真を撮りストーリーズにアップすると、たちまちフォロワーからDMが何件も届いた。
『素敵な指輪ですね、どちらのブランドのものですか?』
『ダイヤの4Cを教えてください』
麻美の予想通り、ネイルよりもさり気なく写り込んだ婚約指輪に反応が集まる。他人が見たいものを見せてあげるのが人気者でいるためのコツだ。
夫婦関係は冷え切り、子どもを授かる予定もない。望んでいた結婚生活とはだいぶ形が異なるが、この生活も案外悪くない、と思った。
家計の土台は康介が支えているとはいえ、自分の収入は確保でき、承認欲求も満たされる。自分はなかなかよくやっているはずだ。
麻美は続いてLINEを開く。
『今日も麻美のことばっかり考えてるよ。早く会いたい』
先日のデートで“据え膳食えなかった”晋也は、予想通りに麻美への執着を増してくれている。妻としての貞操観念などどうでもいいとは思ったが、かと言って易々と身体を差し出すほど馬鹿ではない。
手に入りそうで、入らない。この状態が男の狩猟本能を高めることは知っているから、しばらくはこのまま楽しむつもりだ。
悪い期待に胸がワクワクする。こんな人生も悪くない。