2021.4.24
「真面目な夫」と「刺激的な男」両方手に入れて何が悪い? 結婚に飽きた妻のモラルが崩壊した瞬間(第7話 妻:麻美)
真剣に愛される必要はない。不良妻の覚醒
「麻美って、歳を重ねてますます綺麗になったよなぁ」
カウンター席に並んでいるにも関わらず、晋也は食事中ほとんど全身をこちらに向け、舐めるように麻美を眺め続けていた。
悪い気分ではない。
結婚後も夜の場にふらりと遊びに出かけることはよくあったが、明らかに自分に好意を示す男と二人きりで会うのは実は初めてだ。
「夫婦生活はどう? うまくいってる?」
こんな風に夫との関係を男から聞かれることはよくあるが、その度に返答に困る。
関係が悪いと言えば明らかに欲求不満のようだし、円満だと言い切っても色気がない。だから麻美は質問には答えず、ただ曖昧に微笑んでおく。解釈は彼らにお任せする。
「……麻美が結婚して、俺がどれだけショックだったか分からないだろうな」
ワザとらしい口説き文句が耳に心地よかった。
厚みのある大きな身体、狡猾そうな視線、次から次へと差し出される甘い言葉。
すべてが生真面目に整った典型的な優等生の夫とはちがう、人妻を誘うような悪い不良男。
独身の頃はこんな男に興味を持つことはとても許されなかった。引っかかってしまったら最後、20代という貴重な時間を失うだけでなく女としての価値も損なうことになるからだ。
この真理を理解し自制心を保っていた自分は賢い女だと思っていたが、でも、それは果たして正解だったのだろうか。
けれど少なくとも、今の麻美には晋也の言葉に酔ってもいいと思えるだけの余裕がある。目の前の男に真剣に愛される必要がないという意識がこんなに気楽だとは知らなかった。
いくら窮屈でもこれが人妻という身分の特典なら、別に遠慮する必要なんてないはずだ。
“不良妻”として開き直ってしまえば、これほど楽しい娯楽はない。
「……ショックって、何が?」
そう言って晋也の瞳を覗き込むと、彼は瞬時に真剣な表情を作った。本当に勘の良い男だ。
「……麻美が勝手に結婚するからだよ」
――ああ、なんて楽しいんだろう。
「連絡が取れなくなったと思ったら、婚約したって噂を聞いてさ……。あんな思いさせられたのは初めてだったよ。本当は分かってるんだろ? こんなに美人で頭も良い。そのうえ男心もよく分かってる。麻美みたいなイイ女は他にいないよ」
そのとき、テーブルの下で手を握られた。
「ただの女友達でいるには……麻美は魅力的すぎるんだよ」
そして声のボリュームを少し落として晋也が顔を歪めたとき、麻美の中で何かがプツリと切れた。
夫に苛立ち噛み付いても現状は変わらない。子どもができるわけでもないし、康介とは根本的に何かがズレている。
ならば、自分の人生を好きに生きて何が悪いのか?
一度きりの人生、世間のルールや常識を気にして生きるなんてあまりに勿体ない。
「……私は晋也くんのこと、男友達なんて思ったことないよ」
そうして彼に合わせて切なげに微笑んでみせると、麻美の目は自然と潤みを帯びた。
(文/山本理沙)
※次回(夫:康介side)は5月8日(土)公開予定です。