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「結婚しても終わらないノルマ」…不妊に苦しむセレブ妻の胸中、苦渋の末の逃げ道とは? (第3話 妻:麻美)

あなたは「結婚」という制度に、疑問を感じたことはないだろうか。 連日メディアを騒がせる不倫ゴシップなど氷山の一角。女性の社会進出、SNSや出会い系アプリの普及……出会いの機会が爆発的に増える一方、多くの夫婦が良好な関係の維持に苦戦しているのもまた事実。セックスレス、不妊、モラハラ、DV......問題は山積みで、それが令和時代の夫婦を取り巻く現実だ。 これは120年以上も変わらない今の結婚制度に限界を感じ始めたと夫と妻が、それぞれの視点で語るストーリー。 結婚というひとつのゴールはクリアしたものの、それではノルマは終わらない。いまだ子どもが出来ないこと、夫が妊活に協力的でないこと……妻・麻美の心の隙間はどんどん広がっていく。 前話はこちら。全話一覧はこちら。 (隔週土曜で更新予定です)

終わらない“女のノルマ”

けやき坂沿いの六本木ヒルズのベーカリーカフェの窓際席に腰を下ろし、麻美は冬晴れの空を眺めて一息ついた。

運ばれてきたカフェラテに口をつけると、自然と口元が緩む。

康介のような男と結婚して良かったと思うことの一つは、こうして都心の洗練されたカフェで優雅な朝を、好きなときに迎えられることだ。

ベーカリーのレジには、隙のない化粧と小綺麗なOL服に身を包みながらも苛立ちの滲む顔でスマホと向き合い足早に去っていく若い女がいた。これから出勤だろうか。それなりに可愛い女なのに勿体ない。女を魅力的に見せるには、何より余裕が必要なのに。

自分も数年前は“あちら側”だった。いくら若く美しい女が一流の場所に勤めていても、人や会社にこき使われ、自由な時間がなければ何の意味もない。麻美は心地良い優越感と共に、パン・オ・ショコラに手を伸ばす。

けれどそのとき、向かいの席に二人の女が案内された。

「ねぇ、お腹すっごいおっきくなったねー!」

胸にザラリとした感触が走る。

「そうなの。7ヶ月過ぎたあたりから急に大きくなって〜。でも、あんりちゃんこそ大きくなったね。もう3ヶ月よね? 寝顔可愛い〜!」

麻美と同年代と思しき妊婦と子連れの女は、キャッキャとベビーカーで眠る赤ん坊を覗き込む。女たちの表情の柔らかさ、素朴さ、滲み出る幸福感に、思わずいたたまれなくなる。

いったいなぜ、自分はこの場所で停滞しているのか。
なぜもっと先の“あちら側”に行けないのか。

さらに彼女たちが揃って履いているコンバースのハイカットスニーカーが目に入ったとき、麻美は自分のマノロブラニクのヒールがやけに安っぽく感じた。

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新刊紹介

山本理沙

やまもと・りさ●84年 東京都生まれ。日本女子大学文学部卒卒業後、外資系航空会社客室乗務員、金融機関・コンサルティングファームの秘書業務を経てフリーランスへ。
2015年〜2019年に東京カレンダーWEBにて『東京婚活事情』『結婚願望のない男』『東京ホテル・ストーリー』など多数執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(里奈Ver.)共著原作者。『不良夫婦』では(妻side)を執筆。

Instagram●Lisa_fluffy
Twitter●山本理沙/WEB作家




安本由佳

やすもと・ゆか●81年 奈良県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、化粧品会社広報、損害保険会社IT部門勤務を経てフリーランスへ。
2016年〜2020年1月 東京カレンダーWEBにて『二子玉川の妻たちは』『私、港区女子になれない』など多数の連載を執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(廉Ver.)の共著原作者。『不良夫婦』では(夫side)を執筆。

オフィシャルサイト●安本由佳
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Twitter●安本由佳|WEB作家@軽井沢

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