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不良夫婦

「産まない」選択はできない。セックスレスに傷つき、不倫に走った妻が下した最後の決断(第17話 妻:麻美)

長い物には巻かれた方が、自由になれる

男なんて誰も彼もアテにならない。

信じられるのは自分だけ。情熱を注ぐのは仕事、そして迷いのない愛情を注げるのは……やはり自分の子ども以外に存在しないのだと麻美は思った。

ならば、どんな手を使っても作りたい。子作りだけは年齢が肝となるから、先延ばしにする暇も手段を選ぶ余裕もない。

康介が子作りに前向きでないことに、麻美は以前、たいした抵抗もせずに諦めた。

ほとんどセックスレスになったことで女としてのプライドも傷ついたし、同時に康介への気持ちも信頼も一気に冷めたからだ。

けれど本気で子どもを望むならば、康介を説得するのが一番手っ取り早い。子どもがいればアンチや外野からの雑音も減るだろう。

黙って古い慣習に従っていれば世間から文句は言われにくく、結婚という制度も利用価値は十分にある。

結局、長い物には巻かれてしまった方が、人は自由でいられるのかもしれない。

その週末、麻美は新婚の頃によく通っていた近所のビストロを予約し、康介を誘った。

二人で外食するのは久しぶりのことだったが、彼は大人しく承諾した。ここ最近は夫のために着飾る気も全く起きなかったけれど、今夜は彼から送られたヴァンクリーフ&アーペルのブレスレットを手首に巻き、彼好みのシックな黒いワンピースを着た。

マンションの薄暗い廊下を二人並んで歩きながら、どこか拗ねたような態度の康介に腕を絡めてみる。するエントランスのドアを通り過ぎたとき、そこに反射した二人の姿はあまりに理想的な夫婦像で、麻美はついその光景に見惚れた。

これでいいのだ。麻美はたしかにこの状態を欲していたのだから。やはり長い物には巻かれてしまった方が何事もうまくいくに違いない。

店の席に着くと、まだ暗い表情の康介に構うことなく麻美はさっそくオーダーしたスパークリングワインを一人煽り、彼の膝にそっと手を置いて言った。

「ねぇこうちゃん、私たち、やっぱり子どもを作ろう」

「は……?」

夫は驚きで言葉を失い、目を見開いたまま硬直した。もちろん想定内の反応だ。

「私ね、どうしても赤ちゃんが産みたいの。一回だけ、病院に付き合ってくれればそれでいい。体外受精にするから、あとは私だけ通えばなんとかなるから」

再び彼の膝を撫でながら、麻美は優しく畳み掛けるように囁く。

「ね? 一回だけ病院に行ってくれれば、本当にもうそれでいいの。こうちゃんの邪魔はしないし、自由も奪わない」

さらに康介の手をぎゅっと握り、その瞳をまっすぐに見つめた。

「えっと……オープンマリッジっていうのかな? 家庭に変な問題を持ち込みさえしなければ、こうちゃんは好きに過ごして。心配なら書面にしてもいいわ。ね、いいでしょ?」

依然として固まったままの康介に、麻美は根気強く笑顔を向け続けた。

(文/山本理沙)

※次回(夫:康介side)は9月25日(土)公開予定です

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山本理沙

やまもと・りさ●84年 東京都生まれ。日本女子大学文学部卒卒業後、外資系航空会社客室乗務員、金融機関・コンサルティングファームの秘書業務を経てフリーランスへ。
2015年〜2019年に東京カレンダーWEBにて『東京婚活事情』『結婚願望のない男』『東京ホテル・ストーリー』など多数執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(里奈Ver.)共著原作者。『不良夫婦』では(妻side)を執筆。

Instagram●Lisa_fluffy
Twitter●山本理沙/WEB作家




安本由佳

やすもと・ゆか●81年 奈良県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、化粧品会社広報、損害保険会社IT部門勤務を経てフリーランスへ。
2016年〜2020年1月 東京カレンダーWEBにて『二子玉川の妻たちは』『私、港区女子になれない』など多数の連載を執筆したのち、2020年10月講談社文庫より初書籍『不機嫌な婚活』を出版。よみタイで好評連載中の漫画『恋と友情のあいだで』(廉Ver.)の共著原作者。『不良夫婦』では(夫side)を執筆。

オフィシャルサイト●安本由佳
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Twitter●安本由佳|WEB作家@軽井沢

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