2021.7.17
離婚するのは、夫の「利用価値」がなくなってからでいい。夫の浮気を見逃した妻の策略(第13話 妻:麻美)
「女はこわい生き物」人妻に手を出す独身男の本音
「おやすみ、気をつけて。また連絡するよ」
深夜0時過ぎ。明るい髪に、やたらと露出度の高い服を着た女の背中を笑顔で見送ると、晋也はきっかり10秒待ってからドアの鍵を閉めた。たぶん、もう会うことはない。
マッチングアプリで1km以内の距離にいた女は、数分のやりとりの後、自宅の麻布十番のマンション名を告げ「お茶でも飲みに来る?」と誘うと、アッサリと乗ってきた。ちなみに、こうした女は決して珍しくない。
念入りにシャワーを浴びベッドシーツを取り換えると、そのまま寝転びスマホに手を伸ばす。
『晋也くん、明日は会えそうです』
麻美から返信が届いていた。最近、彼女は平日の日中にたびたびこの部屋を訪れるようになった。
『いつでも来て。早く麻美に会いたいよ』
その文面とは裏腹に、晋也は小さな溜息を吐く。
初めて出会った20代の頃から、晋也にとって麻美が理想の女性像に近く、特別な女であることは間違いない。
育ちの良さを感じる女らしさ、洗練された佇まい、知性が滲む笑顔。かと思えば、少々わがままに男を振り回す面もあり、周囲からも麻美の評価は高かった。
にも関わらず、独身の麻美を口説き落とせなかったのにはいくつか理由がある。
まず、当時の晋也はとにかく忙しかった。
一流の総合商社に勤務している、というブランド力だけで大量の女たちが寄ってきた。軽い気持ちでデートに誘えば、帰り道ではあからさまに身体を押しつけてくる女にもしょっちゅう遭遇した。
据え膳食わぬは男の恥……なんて古い文句ではあるが、理性などそっちのけで目の前の女たちを夜な夜な捌いていれば、若い男の月日などあっという間に流れてしまう。
そして遊び相手にできない女というのは、魅力的であると同時に、少しばかり荷が重くもあるのだ。
適当な女たちより時間やコストを割くのに、簡単にベッドに誘うことはできない。麻美を慎重に扱おうと神経を使ううち、面倒な気持ちも湧いた。
いくら特別な感情があるとはいえ、30歳前後の男盛りを一人の女に一途に捧げるなんてことは余程の覚悟がなければできない。これは、ある種の男の本音だろう。
そして間もなく、麻美はあっさり他の男に捕まり結婚した。
無意味な好奇心でFacebookを辿ると、そこには外見もステータスも自分より勝るであろう男の顔があった。その時は嫉妬と少しばかりの後悔の念に駆られたのも事実だ。
そんな経緯もあり、人妻となった麻美と再会したとき、晋也は昔以上に熱心に彼女を口説いた。歳を重ねた麻美が予想外に魅力を増していたこともある。
けれど思うより呆気なく彼女が自分のものになったとき、男としての優越感より勝ったのは、失望だったかもしれない。
――女って、こわい生き物だよな。
再び晋也のスマホが光る。それは母からのLINEで、来週新型コロナウイルスのワクチンの接種が決まったとの連絡だった。
もともと身体が強い方ではないから心配だ。会議の予定がなければ、午後休を取ってそばにいてあげよう。
『しんくん。あなたもパパみたいに、あなたの事を一番に想って、きちんと尽くしてくれる女の人を選びなさいね』
母の教えに適う女は、一体どこにいるのだろう。
(文/山本理沙)
※次回(夫:康介side)は7月31日(土)公開予定です。