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山形県と新潟県に挟まれた山頂なのに、なぜか福島県。日本百名山・飯豊山の不思議な「県境」【山の名&珍プレイス 第6回】

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「飯豊山神社奥宮」をめぐる福島県と新潟県の争い

 しかし、いったいどうしてこんな県境になってしまったのか?

 その理由は、まさにその「飯豊山神社奥宮」にある。飯豊山神社奥宮の存在とその立ち位置こそが、不思議な県境を生み出したのだ。

 平安時代に開かれたという飯豊山神社は、麓宮が旧一ノ木村(現在の喜多方市山都町)にあり、飯豊本山山頂部に位置する奥宮は旧東蒲原ひがしかんばら郡(現在の新潟県阿賀町など)。いずれにしても両者は江戸時代、どちらも岩代国の会津藩領内にあった。だが、さらにさかのぼれば、東蒲原郡付近はもともと越後国でもあったから、話は複雑だ。

 そんななか、明治時代の行政区画再編により、1886年(明治19年)に東蒲原郡は再び新潟県(つまり以前の越後国)に編入されることになった。その結果、飯豊山神社の麓宮は福島県のままなのに、奥宮は新潟県に位置するという事態になってしまったのだ。

登山道脇に立つ、飯豊山神社奥宮の鳥居。その奥に周囲を石垣で守った奥宮の建物がある
登山道脇に立つ、飯豊山神社奥宮の鳥居。その奥に周囲を石垣で守った奥宮の建物がある
なんと、このコンクリートの建物が飯豊山神社奥宮。由緒ある神社とは思えないほど素っ気なく、正直なところ、期待して訪れるとがっかりするほど。撮影は禁止されているので内部はお見せできないが、“祭壇が置かれた倉庫”といった趣である
なんと、このコンクリートの建物が飯豊山神社奥宮。由緒ある神社とは思えないほど素っ気なく、正直なところ、期待して訪れるとがっかりするほど。撮影は禁止されているので内部はお見せできないが、“祭壇が置かれた倉庫”といった趣である
飯豊本山の山頂は、飯豊山神社奥宮から歩いて20分ほど離れている。この近辺は日本有数の豪雪地帯で、山頂に奥宮がないのは、おそらく現位置のほうが強風や冬の風雪を避けやすい場所だからだろう
飯豊本山の山頂は、飯豊山神社奥宮から歩いて20分ほど離れている。この近辺は日本有数の豪雪地帯で、山頂に奥宮がないのは、おそらく現位置のほうが強風や冬の風雪を避けやすい場所だからだろう

福島県が勝ち取った、飯豊本山山頂を含む“盲腸”

 いうまでもなく、山岳信仰の流れを汲む神社にとって、奥宮と麓宮はセットである。飯豊神社奥宮の土地が新潟県に編入されたことによって福島県では抗議運動が起き、20年近い年月とさまざまな紆余曲折を経て、1907年(明治40年)にとうとう奥宮は福島県に復帰することになる。その際に奥宮までの“参道”として、三国岳から飯豊本山へ続く登山道も福島県が所有することになった。これが「盲腸」や「へその緒」と呼ばれる、現在の飯豊山における福島県の範囲なのだ。なお、勢力争いは福島県と新潟県の間に勃発しただけで、山形県はただの傍観者なのであった。

 おもしろいのは、福島県の細長い領土は三国岳付近から飯豊山神社奥宮、そしてそもそもの神体である飯豊本山までではなく、もっと西側の御西小屋付近まで続いていること。以前は御西岳付近にも飯豊山神社に関係するほこらなどがあり、そのために御西小屋付近までは飯豊山奥宮の影響を強く受けているとして、福島県の勢力範囲となったらしい。

山頂を過ぎ、さらに西側。奥に小さく見えるのが御西小屋で、だいたい青線の内側になる福島県は、そのすぐ手前で終わる
山頂を過ぎ、さらに西側。奥に小さく見えるのが御西小屋で、だいたい青線の内側になる福島県は、そのすぐ手前で終わる
御西小屋。すぐ目の前まで福島県が線状に延びているが、この小屋自体はもう新潟県だ
御西小屋。すぐ目の前まで福島県が線状に延びているが、この小屋自体はもう新潟県だ

 この福島県の領土は、三国岳付近から御西小屋付近までだいたい8km弱。幅はもっとも狭い場所で1mに満たず、山頂付近のいちばん広い部分でも400m程度だ。そして、飯豊神社奥宮への参道でもある登山道は、つねにその上に位置している。だから、登山者が三国岳から山頂、さらに御西小屋を目指せば、いつも右は山形県、左には新潟県が見えるのであった……。

御西岳のほうから飯豊山を眺めた様子。左の小高い場所が飯豊本山で、そこから緩く起伏しながら右に延びる稜線がだんだん低くなり始めるあたりに、飯豊山神社奥宮と本山小屋がある
御西岳のほうから飯豊山を眺めた様子。左の小高い場所が飯豊本山で、そこから緩く起伏しながら右に延びる稜線がだんだん低くなり始めるあたりに、飯豊山神社奥宮と本山小屋がある
上と同じ写真へ福島県の部分がイメージできるように青線を引くと、こんな感じ。青線の右が新潟県で、左が山形県だ。山頂から神社付近は、他の区間に比べて福島県の領土が少し太くなっている
上と同じ写真へ福島県の部分がイメージできるように青線を引くと、こんな感じ。青線の右が新潟県で、左が山形県だ。山頂から神社付近は、他の区間に比べて福島県の領土が少し太くなっている

殺風景な奥宮の外観と、“撮影禁止”内部の雰囲気から少し考えること

 それにしても、先に述べたように飯豊山神社奥宮と飯豊本山山頂部が福島県に復帰するまでにかかった年月は20年だ。“飯豊山神社は我々のものだ”という明治時代の地元の方々の熱意には恐れ入る。それが日本は類を見ない県境を生み出しているのだから、大したものである。ただ、その経緯を知っていると、現在の飯豊本山奥宮のコンクリートの建物は簡素というか殺風景すぎるというか、本来の価値があまり伝わってこないのは事実だ。内部は撮影禁止のためにお見せできないが、なにしろブルーシートの上に賽銭箱があり、祭壇の隣にアルミの脚立が置かれていたりするのである。清潔に管理されているのは救いだが、もっと歴史の重みを感じられるようにいつか再建されることを期待してしまう。

 ともあれ、この福島県領土の登山道は歩いていて気持ちよいだけではなく、地元の歴史ある文化も体験できる。山深い山域ではあるが、長い休みが取れたときにでもぜひ足を延ばしてみてもらいたい。

県境がわかりやすいように、登山道以外のマークを消した地図。重要な飯豊山神社奥宮や飯豊本山山頂は二本の県境の内側の福島県内にあり、飯豊山における福島県の威厳が感じられる(地図の参照元:YAMAP <a href="https://yamap.com/mountains/155#mountains-id-basic-info" rel="noopener" target="_blank">YAMAPの当該箇所はこちら</a>)
県境がわかりやすいように、登山道以外のマークを消した地図。重要な飯豊山神社奥宮や飯豊本山山頂は二本の県境の内側の福島県内にあり、飯豊山における福島県の威厳が感じられる(地図の参照元:YAMAP YAMAPの当該箇所はこちら

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次回、連載第7回は6/7(日)9:00公開予定です

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高橋庄太郎

たかはし・しょうたろう
山岳/アウトドアライター。1970年宮城県仙台市生まれ。高校の山岳部で山歩きを始め、出版社勤務後の2年間の無職時代には国内外のアウトドア旅へ。その後フリーランスのライターとなり、ウェブメディアや雑誌を中心に執筆活動を続けている。近年はイベントやテレビへの出演も多く、アウトドアギアのプロデュースも手掛けている。著書に『テント泊登山の基本テクニック』(山と渓谷社)、『トレッキング実践学』(ADDIX)、共著に『“無人地帯”の遊び方』(グラフィック社)など多数。

Instagram: @shotarotakahashi
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