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比嘉啓登 「地盤・看板・鞄」全部ゼロ!からの那覇市市議会議員選挙へ【実録・メンズノンノモデル 第6回 後編】

1986年5月9日に、女性ファッション誌『non-no』の男性版として創刊した『MEN’S NON-NO』。阿部寛さんなど俳優やアーティストを数多く輩出してきた同誌の創刊40年を記念して、本連載では、かつて専属モデルとして誌面に登場し、その後、様々なフィールドへと羽ばたいていった「メンズノンノモデル」たちの“現在”の姿と声をお届けしていく。常識にとらわれず、大きな変化をも恐れない彼らのしなやかな生き方から、先を見通しづらい現代を”自分らしく”生き抜くヒントを受け取ってほしい。


第6回は、メンズノンノモデル卒業後、三井物産、松下政経塾を経て現在は那覇市市議会議員を務めている比嘉啓登(ひがひろと)さん。専属もモデルの頃や商社勤務時代のエピソードを紹介した 前編に続いて、後編では、市議会議員として地方創生事業に情熱を注ぐ彼の、故郷への思いを語ってもらった。

取材・文/徳原 海  撮影/比嘉 恵太

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「地盤・看板・鞄」全部ゼロ!からの那覇市市議会議員選挙への立候補

 2019年10月、「ネオパークオキナワ」の事業再生プロジェクトでの役割を終えたと同時に松下政経塾も卒塾。比嘉啓登はその後、三井物産への再就職を経て、2021年8月に現職である那覇市市議会議員となった。

比嘉啓登(以下、比嘉)  ネオパークオキナワの事業再生と政経塾の卒塾のあと、すぐに議員としてチャレンジした訳ではなく、実は古巣の三井物産に中途採用で入り直したんです。もう一度、三井物産で地方創生事業に挑戦したいと思ったんですよね。所属していたファッション繊維事業部というところでは、以前の重厚長大のインフラ事業からブランドやIPの取り扱いという分野になり、ファッションブランドと地域振興を組み合わせた取り組みなどの可能性も感じながら、やりがいを持って仕事を進めていました。ただ、そのタイミングでコロナ禍によるパンデミックの影響で、なかなか思うように事業が進まなくなり、いろいろと自分の中で考えを巡らせた結果、「これはもう、今すぐ動かないと(自分は)後悔する。沖縄に戻って、政治の道を進んでいこう」と――。2回お世話になっている会社と当時のボス、先輩方には本当に申し訳なく、めちゃくちゃ謝りました…。僕のそんな行動に、「ばかやろう」と叱りながらも、上長が送り出してくれたことは本当にありがたく、今でも心から感謝しています。

34歳で、商社マンから政治家へ。その転身は、当時の彼にとって茨の道であることは明らかだったが、それでも決めたことには一心不乱に突き進む“比嘉啓登らしさ”を、選挙活動においても存分に発揮し、地道ながら確実に、那覇市民の心を掴んでいった。

比嘉 沖縄に戻ったのが選挙の半年ほど前でしたから、選挙での当選に必要とされている、いわゆる「地盤(=その地域における信頼や組織力)・看板(=知名度)・鞄(資金力)」は、当然ながらゼロでした。沖縄出身と言っても、僕は北中城きたなかぐすくという村出身なので、那覇には血縁も地縁もないんです。だからもう、とにかく認知してもらうために交差点でひたすら“お手振り(選挙において、多くの人に顔を覚えてもらうために交通量の多い交差点に立ち有権者に向けて手を振ること)”をし、掃除をし、自分の名前をプリントしたTシャツ姿でチラシを持って、有権者さんたちの自宅を訪問して回る日々でした。でも、たくさんの方々が僕の話を聞いてくださって、「あんた何? 選挙の半年前に帰ってきましたとか言って、事務所もないなんてバカじゃないの」と叱咤激励しつつも事務所を貸すと申し出てくださる方もいらっしゃいました。

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徳原海

大阪府出身。メンズノンノ編集部でのアルバイト勤務を経て2006年からフリーランスの編集者として活動。メンズノンノ、UOMOなどの雑誌をはじめ、現在は様々なファッションブランドやスポーツブランドの広告ビジュアル制作なども手がける。著書に「パラアスリート谷真海 切り拓くチカラ」(集英社)、写真と文で綴った欧州フットボール紀行「the Other Side」(ブートレグ出版)など。

Instagram :@kai.tokuhara

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