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地下アイドルとの衝撃の〈ぬいぐるみ〉セックス?!──AV男優しみけんのセックスハウツーを頼った理由

納豆を口に押し込むキス

新大久保の自宅に着くと、彼女は真っすぐベッドの方に向かった。シナモンと手提げ鞄を床に放り投げて、彼女がベッドの上で正座をしはじめたから、僕も彼女と相対するように正座して座ることにした。そしたら彼女がやはり酔っぱらっているのか、音楽ライブでヘドバンをする人みたいに、頭を下げて、上げて、頭を下げて、上げて、をなぜか繰り返しはじめた。頭を上げた時の彼女の顔は、歯を剥きだしにしてすごく笑っていた。彼女がなぜ笑っているのか、よくわからなかった。目の焦点が目の前の僕に合ってなく、彼女は彼女だけの世界にいるみたいだった。

「水、飲みなよ」

ファミマのレジ袋からペットボトルの水を取り出して手渡すと、

「それ何?」

レジ袋にまだ何かが入っているのが気になったようだった。

「さっき、ファミマで買ったものだよ」

と教えると、僕からレジ袋を奪って中身を確認しはじめた。

「納豆巻き、買ったの?」

不思議そうな顔で言ってきた。

「さっき納豆巻き食べたいって言って、買ったじゃん」
「私が言ったの? 覚えてないけど、納豆巻き食べたい!」

手渡したペットボトルの水を飲まずに床に放り投げ、レジ袋から納豆巻きを取り出すと、空になったレジ袋も床に投げ捨てて、彼女は納豆巻きを開封しはじめた。酔っぱらっていて海苔をご飯に巻き付けることができなかったようで、

「巻けない」

と言って、納豆巻きのご飯の部分と海苔が完全に分離したままの状態で手渡してきた。

ご飯に海苔を巻いてから手渡すと、彼女は背筋を伸ばして、勢いよく納豆巻きにかぶりついた。ひとくち、ふたくち、さんくちと食べていき、納豆巻きが残り5分の1くらいになったところで、米粒の中から茶色い豆が顔を出しているその断面を、僕の口に押し付けてきた。口を開けて、押し付けられるがままに納豆巻きを受け入れて咀嚼をしていると、彼女が僕の体を押し倒して、覆い被さるようにキスをしてきた。お酒をたくさん飲んだばかりで潤った彼女の舌の上に、納豆の強い粘り気があった。つるつると潤った舌とネバネバした納豆の組み合わせは決して相性のよいものではなかったが、それを気持ち悪くは思わなかったのは、僕の口の中にも納豆の粘り気があったからだった。

「粘膜って、どこまでが自分でどこまでが相手のものかわからなくなるね」

ふいに唇を離した際に彼女がそう言ってきた。

「そうだね。セックスする?」

すぐ目の前に顔がある彼女に聞くと、

「私、今日、生理」

急な棒読みで彼女は言った。特に返事はせず、それからしばらくキスだけをしていると、彼女は僕の上から降りて右隣で仰向けになって、小さな寝息を立てて寝はじめてしまった。
彼女が寝てしまったのであれば、僕も寝る準備をしようと蛍光灯の電気を消して、ベッドのヘッドボードのところに置いてあったテーブルランプのスイッチを入れて、オレンジ色の電球の光を灯した。
寝る前にさっき彼女が床に落としたペットボトルの水を飲もうと床を見ると、シナモンがうつ伏せになって落ちているのが視界に入った。少し彼女に悪戯をしたい気持ちになった。

「セナちゃん、寝ないでよっ!」

寝ている彼女の顔の前にシナモンを立たせて、シナモンが喋ってるみたいに、シナモンの体を少し揺らしながら話しかけると、閉じていた彼女の目が開いた。

「おはよう、シナモン」

彼女があまりにも自然にシナモンに話しかけるので、僕はシナモン役を続けることにした。

「おはよう、セナちゃん。今日は一日、何してた?」
「シナモンと一緒に渋谷に映画を見に行ったでしょ! ひどい。忘れたの?」
「そうだったね。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』を見に一緒に渋谷の映画館に行ったよね。映画、どうだった?」
「面白かったよ。原作の小説を読んだときもいいね、と思ったけど、映画を見てもやっぱりいいね、って思った。シナモンは?」
「もちろん、おもしろかったよ!」
「よかった。シナモンと一緒にお出かけができて」
「ね、よかったね」

右隣で寝ている彼女の方を向きながら右手でシナモンを持って喋っていたら、腕が痺れてきた。今度は左手で上から彼女のことを見下ろすようにシナモンを手に持つと、ヘッドボードのところで点けていたテーブルランプの電球のオレンジ色の光が、シナモンの顔の上半分だけを照らした。目元だけ明るく、口元に向かうにつれて暗さを増してゆくその光の当たり方が、シナモンの表情をまるで怒ってるみたいにさせていた。そのシナモンの怒った表情につられるように、僕はシナモン役を続けた。

「でもさ、セナちゃん。映画を見たあとゴールデン街に行って朝まで飲んで、そこの店番の男の人の家に遊びに行ったよね」
「うん。行ったよ。今、その男の人の家で寝てるよ」
「寂しかったな。セナちゃん、僕よりその男の方を取ったってことだもんね」
「そんなことないよ! 今日シナモンずっと一緒にいたじゃん」
「でも、僕のことは床に放り投げて、男とイチャイチャし始めたじゃん!」

「違うよ!」と彼女は言って、シナモンの方に手を伸ばしてきた。僕はシナモンが彼女に取られないよう、彼女が伸ばした手からシナモンを遠ざけた。それから、

「セナちゃん、僕より男の方を取ったんだね!!!」

シナモンをさらに上目遣いにさせて、まるで彼女のことを睨みつけているみたいな顔の角度で彼女に言った。すると、しばらく彼女の方からなにも声が返ってこなくなった。どうしたのかと思って彼女の方を見ようとすると、

「ねぇ、見て。私、泣いてる」

と彼女は言った。彼女の顔を見ると、二重の大きな目の中に涙が溜まっていて、数滴の涙が頬を伝っていた。ちょっとした悪ふざけのつもりだったから、そこまでショックを与えてしまうとは思っていなかった。

「ごめんね」

と謝って、シナモンを彼女に返した。彼女は鼻水をすすって唇を尖がらせながら、大切そうに抱いたシナモンの頭を撫ではじめた。そのまましばらく彼女は黙っていた。その沈黙が自分の責任を追及してくるように思えて耐えられなかったから、何か話しかけようと思い、

「ごめんね。泣かせるつもりじゃなかったんだけど、どういうところがショックだった?」

と聞くと、

「シナモンは絶対に自分の味方だと思い込んでいた自分にショックだった」

と彼女は言った。そのままシナモンを抱いたまま彼女は目は閉じ、寝息を立てて寝てしまった。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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