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陰キャが勝ち取った幸運?「人見知り克服養成所」店番の米澤成美さん監督作品『ちくび神』を見に大阪へ…

東のゴールデン街・西の味園ビル

串カツ屋のあと、米澤さんが味園ビルを案内してくれるとのことで電車で連れていってもらった。味園ビルはワンフロアにサブカル色の強い小さな飲み屋が約40店舗ほど集結していて、東のゴールデン街・西の味園ビル、なんて言われたりもするような場所らしかった。

米澤さんが何度か訪ねたことがある「深夜喫茶 銭ゲバ」という、店内が赤暗い照明のお店に案内してもらい、テーブル席のソファに座ると、くっついた隣のテーブル席に関西弁の男女の2人組が座っていた。しばらくは特に絡みもないまま飲んでいたが、カーキ色のセットアップの服を着たお兄さんが「ミロもらえる?」と店主の人に注文をしたのを耳にして、ミロのお酒なんてあるのかと思って頼みたくなって注文すると、

「俺がいつもミロ頼むと、面倒くさいって言われるんやけどなぁ」

そのお兄さんが店主の人をからかうように言った。その言葉をきっかけに、

「ミロのお酒なんて飲んだことないので、聞いたら飲みたくなってしまいまして」

と米澤さんが続けると、隣の男女2組との会話がはじまった。

お兄さんと一緒にいたギャルっぽい若い女の子が、お笑いをやったことがないのに友達とM-1に参加したら一回戦をトップ2で通過したという強者らしく、「この子は本当おもろいんよ、お笑い芸人向いてると思うねん」と、お兄さんが紹介してくれた。漫才ができる人はやはり飲みの場での話も面白く、その女の子が面白い話や、奇跡が起こった話や、最近の悩みなどをテンポよく話してくれ、最近起こった怖い話をしてくれると、米澤さんが「そういえば、私も怖いことがありましてね」と話しはじめた。

「私、むかし家のドアの鍵を普段からずっと開けっ放しにしてしまう癖があったんですけどね、ある日、起きたら目の前に新聞配達員の男の人がいまして。で、その人に包丁を突き付けられてしまって、もう本当に殺されると思って、どうしようかと思って。近くにあった貯金通帳を見せながら、私、10万円も貯金ないんです~、本当に貧乏なんです~、って言って、いかに自分が貧乏かってことを強調して説明したらね、なんとか諦めてもらって逃れることができたんだけど。その人、そのあと強盗で警察に捕まってね、それから1年くらいした頃に、最寄り駅から2駅くらい離れたところのコンビニに行ったらね、その新聞配達員の人がレジの中にいて。目が合った瞬間に、うわ、あの人だ!とわかって。気まずい~~~、気まずい~~~、ってなったんだよねぇ」

米澤さんのその話を聞いた大阪のお兄さんは、

「気まず……いや、気まず……というか、え、いや、突っ込みどころが多すぎて、もう、こんな子、大阪じゃ育たへんわ!」

と突っ込んだ。突っ込みどころを探した末に、最終的に大阪のお兄さんが口にした「こんな子、大阪じゃ育たへんわ!」という突っ込みは、米澤さんに対して突っ込みを入れているように見えて、実は突っ込みをする大阪のお兄さんが突っ込みの文化で育ってきた自分の足元を突っ込んでいる〝メタ突っ込み〟とでも言えるような突っ込みだった。突っ込み文化で育った大阪のお兄さんですら米澤さんに対しては直接突っ込むことができずにメタ突っ込みをしてしまうのだから、突っ込み文化で育っていない僕のような人間が、串カツ屋でボトルソースの二度漬け禁止と格闘していた米澤さんに突っ込みがいれられなかったのも仕方がないことだったのだと、変に安心した。

「監督。おもろそうだから、ちくび神、見に行きますわ」

大阪では決して育たない米澤さんの存在感に圧倒されてしまったお兄さんは、最後にその言葉を残して帰っていった。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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