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モデルになった人の許諾を取りながら私小説を書くということ【シン・ゴールデン街物語 最終回】

いま新しいお店・若いお客さんが増えているという「新宿ゴールデン街」を舞台にした私小説連載。
先月、本連載から3篇+書き下ろしを収録する書籍『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』が発売しました!

前回の連載は、山下さんが出会ったゴールデン街の住人たちからコメントをいただきました。
今回でついに最終回。山下さんは連載を通してどのように変化したのでしょうか?

作家崩れ崩れ崩れみたいな状態

昨年の9月から始まったこの連載も、これで最終回となった。

「ゴールデン街をテーマに、Web連載でもやってみます?」

そもそもこの連載が始まったのは、その時はただの飲み友達で、今となっては担当編集になった集英社の稲葉さんの、そんな一言だった。たしか、去年の4月のことだ。

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当時の僕は、作家崩れにも満たない、作家崩れ崩れ崩れみたいな状態だった。

5年前。システムエンジニアの傍ら、はてなブログに書いていた性風俗店での体験談が『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』という単行本になった。ブログを読んでくれた文友舎の編集者が急に「ブログを本にしませんか?」とTwitterのDMをくれたことがきっかけだった。

自分が本を出すということは、まったく想定外なことだった。別に本を出したくてブログを書いていたわけではなかった。本を読みながら育ったわけではない僕にとって、文章に触れる場所といえばインターネットであり、自分もインターネット上で文章を書いてそれを楽しんでくれる人がいれば、ただそれだけでよかった。でも、ひとたび本を出したら、そう単純には思えなくなった。

本を出したら変わることと言えば、自分の意識よりもまず先に他人からの見られ方だった。いくらでもネット上で面白い文章が読める時代においても、本というのはやはり独特な権威性を持っているらしく、本を1冊出したら急に「作家」として扱われる機会が増えた。僕としては「作家」という肩書きは棚から落ちてきた餅のようなものだったので、自分の意識としてはまったく「作家」ではなかった。それでも作家専業で生きているような人からなんとなく作家仲間のような感じで仲良くしてもらえ、一番好きな作家の人と幸運にも知り合うこともできた。声をかけてくれる編集者も、何人か現れるようになった。

「次は何の本を出すの?」
「これからどうなっていきたいの?」
「性風俗本のパート2が読みたいですね」

会えばそんなことを言われることも増えた。環境が変われば人は変わると言うが「インターネットで文章を書いて楽しければそれだけでいい」と単純には思えなくなってしまったことが、本を出したことによって自分が被った一番の変化だった。

だからと言って、特にやりたいことが湧き出てくるわけでもなかった。次の本を出すという目標を掲げて人生の設計をする気にもなれなかった。

そういうことに悩んでいたころ、彼女ができて同棲をはじめ、その生活の方に集中するようになった。ずっと文章を読んでくれていた人からは「もう風俗に行かないんですか!?残念です」とリプライやDMが届いたし、知り合いになった作家や編集者の人からは「彼女ができてあの人は面白くなくなった」と直接的にも間接的にも言われることが多くなった。そういうことを一切言わずに定期的に飲みに誘ってくれるのは、小説家の佐川恭一さんの『サークルクラッシャー麻紀』のAmazonレビュー欄に僕が書いたレビューを読んで感動して『小説すばる』という文芸誌に短いエッセイを書く仕事をくれた、少し変わり者の編集者の稲葉さんくらいで、一緒に飲んだりご飯に誘ってくれる人は、みるみる減っていった。

そんなこんなで、気づけば僕は「本を1冊は出したがそのあと彼女ができてつまらなくなって何もやってない人間」として扱われるようになっていたし、そうした扱いを受けていたら、いつの間にか自分でも自分のことをそう認識するようになった。

そんな自己認識の状態に陥っても、結局のところ自分にできることと言えば相変わらずブログを書くことくらいだったから、細々とブログを書き続けた。以前と違うところがあるとすれば「つまらなくなった人間」という自意識が添加されたことくらいだった。

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新刊紹介

山下素童

1992年生まれ。現在は無職。著書に『昼休み、またピンクサロンに走り出していた』『彼女が僕としたセックスは動画の中と完全に同じだった』。

Twitter@sirotodotei

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