性暴力の記憶、セックスレスの悩み、容姿へのコンプレックス――それぞれの「限界」を抱えて、身体を売る女性たち。
そこには、お金だけではない何かを求める思いがある。
ノンフィクションライターの小野一光が聞いた、彼女たちの事情とは。
連載第12回では、人妻風俗嬢ハルカの、夫との出会いと現在の夫婦生活が語られます。
2020.1.24
人妻風俗嬢が直面した、夫との「性の不一致」
夫へのカミングアウト
「渋谷のイメクラで働くようになって、そのときは仲良くなった店のボーイさんが、私の部屋に転がり込んでくることとかあったんだけど、まあ、問題ありの人で……ははは。別に女がいると思ったら、もっとたくさん女がいたの。その人とは三カ月くらいかな」
間もなく三十歳というとき、友だちの集まりで飲んでいたハルカは、自分と同じ××(町名)に住んでいる男性と知り合う。
「こんど××で偶然会ったらお茶しましょうって話してて、ほんとうに偶然会ったのね。それで連絡先を交換して……それがいまのダンナさんとの出会い」
「そのときハルカさんはなにをやってると話してたの?」
「ふつうに派遣でバイトしてるって。事務をやってるって話してたのね。向こうは飲食店を始める前で、会社員をしてた。で、何回か会ううちにお互いの家を行き来するようになって、三、四カ月くらい経って、これだったら一緒に住んじゃった方がよくない? って話になって、同棲するようになったの」
「その時期って、風俗の仕事は週にどれくらい出てたの?」
「週四日くらいかなあ」
「通勤のふりをしてたわけ?」
「だからあ、もう自分から言ったのかな。割と早めの段階で。じつはこういう仕事してる、みたいな……」
周囲を気にする必要はないにもかかわらず、ハルカは最後の部分を小声で言った。私は彼女が夫に風俗の仕事の話をしているとは知らず、素直に驚いた。
「え、言ったんだ。向こうショック受けてなかった?」
「正直、向こうもびっくりしてて……」
ハルカは苦笑する。
「受け入れてくれた?」
私の問いかけに黙って頷く。
「受け入れられて、どう思った?」
「良かったと思った」
「ハルカさんも正直に言えたし……」
「そうそうそう」
こういうとき、じつは質問者の方がどぎまぎしてしまう。なんとも他人事とは思えない心境になってしまうのだ。
「告白してから、向こうの態度に変化とかってあった?」
「態度の変化は……知ってるが故の、見下した言い方をされますよねえ」
「見下されるって、どういうふうに?」
「なんか、たまにね、向こうが頭にきた場合とかに、『いい歳こいてさあ』とか、『いつまでそんな仕事してんの』とか言われる」
これまで笑いの多かったハルカが、このときばかりは神妙な顔をして言う。
「いまも(風俗の仕事を)してるって知ってるの?」
「知ってる」
「てことは、同棲、結婚を含めて、それ以降は風俗から離れたことはなかったんだ」
「なんか店を変えたとかはあったけど、ないですね」
「結婚って何歳のとき?」
「三十七歳……」
「つまり七年以上同棲してたわけだよね。それがどうして結婚に踏み切ったの?」
「きっかけは、ホストの彼と同棲してたときから猫を二匹飼ってて、彼と別れてからもずっと飼い続けてたのね。その、最後の一匹が亡くなる前に介護状態だったから、二人で協力して病院に連れて行ったりとかしてて……。それで亡くなったときになんとなく、みたいな。結婚しようって言ってきたのは、向こうからかなあ。一カ月くらいしてから……」
危機を共有したことで、同じ時間を過ごした相手との、より深い結びつきを求める心理が働いたのだろう。
「ダンナさんから、結婚を機に(風俗を)やめてくんないか、とかはなかったの?」
「なんか言ってきた。事あるごとに言ってきたかな。で、私は『う~ん』とか言ってごまかしてた」
「答えを出さないでいたら、向こうが引っ込めるって感じ?」
「そう」
「それを言われるのは、いつ頃が多かった?」
「結婚前も、結婚後も……」
「なんで(風俗を)やめないんだろう?」
「なんでだろう? やっぱり根本は、イヤっ、とか思いながらも、好きなのかもしれない」
「性的なことが?」
「そうだねえ~。なんか最近は。だから、前はさ、嫌々っていうのがあったんだけど、最近はそれが逆転してるっていうか……」
「自分からやりたい?」
「そうそう」
「それは気持ち良くなりたいってこと?」
「うんうん。あと、いまダンナさんと(セックス)レスなんですね。で……」
「それは聞いてたけど、レスになったのはいつから?」
「けっこう早くからですよ。結婚する前から、ほぼほぼレスだったの」
二人のセックスレスは、同棲期間からだったという。ここでハルカは予想もしていない言葉を口にした。
