よみタイ

小野一光「限界風俗嬢」
過去の傷を薄めるため……。「してくれる」相手が欲しい……。
性暴力の記憶、セックスレスの悩み、容姿へのコンプレックス――それぞれの「限界」を抱えて、身体を売る女性たち。
そこには、お金だけではない何かを求める思いがある。
ノンフィクションライターの小野一光が聞いた、彼女たちの事情とは。

連載第9回目は、夫とのセックスレスを理由に、風俗で働いているというハルカ。
さぞかし鬱屈した思いを抱えているかと思いきや、彼女には妙な華やかさがあり……。

夫が「して」くれないから……花のごとき人妻風俗嬢

“盛り”ではなく本物の美女

 これまで他紙で続けてきた風俗嬢のインタビュー取材は、いつも店を通じて女の子を紹介してもらっていた。
 まずはこちらの媒体名を伝え、その媒体なら女の子を出しても構わないという店が、取り上げてもらいたい女の子を用意する。そして決められた時間内で、先方の指定する場所を使って撮影やインタビューを行う。もちろん、そうした便宜を図ってもらうためには、店名や電話番号といった、店にとってメリットとなる情報を掲載することが、最低限の条件となる。

 ちなみに女の子の選定について、取材する側に選択肢はほとんどない。事前に人妻やOL、もしくは学生といった条件をつけることはあるが、あってもそれくらいで、店側が用意した女性を粛々と取材する。
 なお、店が取材に抵抗を示す女の子を、無理やり登場させるということはない。とくに彼女が人気者であればあるほど、女の子の意向は尊重される。媒体に登場することは、自身の宣伝にはなるが、周囲に隠している風俗での仕事が発覚してしまうリスクも伴う。彼女たちに辞められたくない店にとって、優先すべきは宣伝してくれる媒体ではなく、所属する(人気者の)女の子なのである。

 そのため、という言葉を使ってもいいか悩ましいところだが、ときには取材する側が、みずからの媒体に登場させることを躊躇してしまうような、容姿に難ありの女の子が連続して送り込まれることも、ままある。

 そういう場合、こちらもプロである以上、何割増しかになるよう写真を撮る。たとえば二重あごでお腹がすごく出ている場合は、見上げるように顔を斜め上に向かせ、両腕を胸の下で組ませて、上方から撮影する。これによって、あごの線がすっきり見え、お腹の膨らみが隠せるのだ。まあ、若い子のスマホでの“自撮り”の要領といってしまえばわかり易い。そんなことを昔からやってきた。

 なぜここまで長い前置きをしたかというと、今回登場するハルカは、風俗嬢取材の現場では珍しい“きれいな女の子”だったからだ。なお、この場で“女の子”という言葉を使ってはいるが、彼女は人妻であり熟女である。風俗業界の慣習に倣って、年齢に関係なくそう表現していることをご承知いただきたい。

 ハルカと最初に出会ったのは三年前の冬のことだった。取材場所に指定されたラブホテルの部屋の扉を開けて彼女が姿を現したとき、へえっ、と驚いた。色白の肌にストレートの黒髪、奥二重の瞳にきりりとした眉毛という和風の顔立ちに、なんともいえない清涼感があったのだ。おまけにクリーム色のコートの下に着ている、白地のブラウスにスカートという服装も雰囲気と合っていた。

 長年、風俗嬢をインタビューする仕事を続けていると、たとえどんなに美しい顔立ちの女性であっても、どこかで微妙な“崩れ”が見えるものだ。それは表情そのものに現れることもあれば、化粧だったり、顔立ちと服装のバランスの悪さに現れたりすることもあるのだが、ハルカにはそれが感じられない。

「よろしくお願いします」

 やや低めの声の、明瞭な発声での挨拶も好感が持てる。生保のセールスレディのような営業職をやれば、高い成績を上げられるのではないか、などと頭をよぎった。
 すぐに取材に取りかかるが、年齢や身長、スリーサイズといった基本データは、実際がどうであれ、店のホームページに掲載されたものを使用することになっている。そこでのハルカの年齢は三十九歳。あくまで風俗店にとっての“宣伝”となる取材であるため、こちらも実年齢を尋ねることはしない。身長は百六十センチ、スリーサイズは上から八十八、六十、八十八。とはいえ、彼女に至っては、それらが“サバ読み”や“盛り”とは感じさせない数値だった。

 この取材では、人妻の場合は夫の職業(業種)を尋ねることになっていた。それについては一旦、本当のことを教えてもらい、事実を掲載するのが都合悪い場合は、なににするか一緒に考えることにしている。私からの説明を受けたハルカは口を開く。

「本当は飲食店を経営してるんですけど、さすがにそのままはマズイので、自動車のディーラーってことにしてもらっていいですか。それだったらお客さんに対応できますんで」

 こちらに異論はない。「じゃあ、自動車ディーラーね」と取材ノートに書き込む。
 次にいつからこの仕事を始めたのか聞いた。

「この仕事じたいは前からやってて、別の店にいたんですね……」
「そっか。じゃあ、いまの店に入ったのはいつだった?」

 風俗記事においては、女の子の経験が長いことよりも、月日が浅く初々しいほうが好まれる。そのため、実際にこの仕事を始めて間もない場合は、「×月から風俗の仕事を始めた」とするが、そうでない場合は「×月にこの店に入った」と表記していた。そこに入店の動機を加えて、ハルカの場合は次の文章になった。

〈「この店に入ったのは8月からです。お小遣い稼ぎがしたいというのと、エッチが好きなのにセックスレスなので、やってみることにしました」
 さすがに最初は戸惑いもあったそうだが、初日からプレイで気持ち良くなることができたという〉

 
 私の問いかけに対して、彼女の口から「セックスレス」という単語が出たとき、「なんかきっかけがあったの?」と聞いている。

「そうなんですよ。前にダンナから誘われたときに、本当に疲れてたんですね。で、断ったことが二回くらいあったんですけど、そうしたら向こうから誘ってくることがなくなって……。あと、こっちから迫っても『もういいから』ってなっちゃったんですよね」

 取材中のハルカは明るい。このときも深刻に語るわけではなく、もう、こんなことになってるんですよ、と笑いを交えながら話している。もともと陽性の性格だということが窺えた。花にたとえると、ユリのイメージなのだが、ユリはユリでもカサブランカなのだ。

〈風俗の仕事はいつまで続けるつもりだろうか。
「とくに時期は決めていません。嫌いな仕事じゃないし、2年くらいは続けちゃうかも」〉

 記事の文末をこのようにして閉じたハルカとは、その後二年の間に、三回にわたって同じ媒体の取材で会っている。これらのうち最後の取材は、同じグループが経営する、別の店の女の子として出たことにより、まったくの“別人”となっての登場だった。

 とはいえ、さすがにこう何度も顔を合わすと、互いに親しみも増す。その他のインタビュー取材などにも協力してもらうため、連絡先を交換し、やがてSNSも相互フォローをするようになっていた。

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小野一光

おの・いっこう●1966年、福岡県北九州市生まれ。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。「戦場から風俗まで」をテーマに、国際紛争、殺人事件、風俗嬢インタビューなどを中心とした取材を行う。
著書に『灼熱のイラク戦場日記』『風俗ライター、戦場へ行く』『新版 家族喰い——尼崎連続変死事件の真相』『震災風俗嬢』『全告白 後妻業の女』『人殺しの論理』『連続殺人犯』などがある。

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