2019.11.15
SM嬢が小学生の時に受けた「イジメ」という名の性暴力
キャリア官僚の父、専業主婦の母との三人家族
結局、アヤメにきちんと取材することができたのは、最初の出会いから半年後のことだった。
ここで「きちんと」との言葉を使ったのには訳がある。その前に彼女にはもう一度、スポーツ新聞の連載で取材をしたからだ。というのも、最初の取材の一月半後に、アヤメからSMクラブを辞めて別の店に移った、との連絡を受けたのである。
「ちょっと店の人と揉めてしまって……」
聞けばそれは些細なことが原因だった。彼女は自分の書いた文章を客に見せていたらしいのだが、それを知った店から咎められたというのだ。風俗店は所属する風俗嬢と客が個人的な交流を持つことを禁じている。そうした交流がいずれ“直引き”と言われる、店を通さない営業に繋がってしまうことを警戒して作られた規約だ。だが、アヤメは“直引き”をする意図がないにもかかわらず、店が彼女の行動まで束縛することを嫌い、辞めてしまったのである。私は尋ねた。
「それで、いまはどうしてるの?」
「いま××にあるデリバリーヘルスで働いてます」
「わかった。じゃあその店を取材して、お客さんが来るように宣伝してあげるよ」
完全に自分の立場を使った利益供与だ。だが、私が求めている見返りは、あくまでもあとで話を聞かせてもらうということのみ。さらにいえば、風俗嬢紹介という主旨の連載記事において、私のこの行動で被害を被る人は誰もいない。そういう訳で、アヤメが働く店に取材を依頼して、彼女の記事を掲載したのだった。
ちなみに、この取材の折に「なんで今度はSMクラブじゃなかったの?」と質問したところ、「もう別にSMじゃなくてもいいと思ったんですね。それで面接に受かったのがこの店だったので」と、彼女は答えている。
それから三カ月後、私たちは都内のとある駅前で待ち合わせた。
大学の授業が終わり、家に帰る途中で通る駅。彼女は自宅で両親と暮らしており、この段階で私は、彼女の家族についてのおおまかな情報を得ていた。
アヤメの父親は国家公務員だった。しかもキャリア官僚である。そして母親は専業主婦。前の取材のときに、彼女に家族について聞いたところ、財布から父親の名刺を取り出して見せてくれたのだ。つまり私は、彼女の本名だけでなく、父親の名前と勤務先を知っているのである。
なぜ彼女はそこまで明かすのか――。
疑問に思うが、とくに尋ねることはしなかった。いずれなにかが見えてくるだろうという気でいた。
私が先導して、駅の近くで目についたカラオケボックスに入る。この密閉空間は、まわりを気にせずに話を聞ける場所として重宝している。室内に入ると明かりを最大限にして、音楽が流れるモニターの電源を切り、雑音をできるだけ減らす。
「今日は父の誕生日なんで、あとで家族で一緒に食事をすることになってるんです」
アヤメは無邪気に言う。当然のことながら、彼女の両親は娘が風俗で働いていることを知らない。過去の援交経験についても然りだ。
そうした秘められた話を聞くことについて、なぜか私の方が一抹の罪悪感を覚えてしまう。その負荷を振り切って、ICレコーダーの録音ボタンを押すと、まずは家族のことをもう少し知りたいと口にした。
「兄弟はいなくて、一人っ子です。生まれたのは東京なんですけど、父の仕事の関係でよく転校してました。一般的には厳しい家庭なんだと思います。親からよく言われてたのが、自立した考え方を持つようにということと、行動は自己責任でということ。あと、人に迷惑がかかることはしないようにとも言われてます」
「厳しい家庭っていうのはどんなふうに?」
「大学に入るまでは門限が午後六時で、大学に入ってからは午後八時でした。だからサークル活動を納得させるのが大変で、友だちと遊ぶにしても、泊まりとかは許してもらえなかったんです。ただそれは途中から、きちんと連絡を入れることで許してもらえるようになりました。泊まるならば相手の住所と連絡先を残し、もし遊び場所が変更になったら、そのつど連絡するとか……。とにかく連絡をこまめに入れろという家でした」
どちらかといえば、父親よりも母親の管理が強かったそうだ。そこまでを聞いたところで、彼女が以前話していた小学生時代のイジメについて教えてほしいと切り出した。