よみタイ

篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

インテリオヤジが案内するせんべろの名店

介護のうしろから「がん」が来た! 第35回

 十二月にアルコールが解禁になって以来、忘年会やら役所時代の同僚とのランチ会やら親類との昼食やら、ほどほどに飲む機会があった。
 
 もう何が来ても平気、とすっかり油断していた年明けに思わぬ伏兵が現れた。
 一月五日に学生時代の仲間が新年会を企画してくれたのだ。
 上野の博物館に初詣の後、総勢二十人くらいで御徒町おかちまちのやきとん屋に。
 
 恥ずかしながら私はそれまで焼き鳥屋に入ったことはあっても、やきとん屋などというものは知らなかった。
 煙の籠もった店内の階段を上へ上へと上がり、従業員控え室の脇、冷蔵庫やら食器棚やらの置かれた広い空間に、我々グループは隔離された。老朽化した建物で威勢のいいお姉さんが仕切る、せんべろ系(千円でべろべろに酔っ払える)居酒屋だった。

 不況を背景にした低賃金の影響かデフレスパイラルか、飲食店の低価格化が止まらないが、幹事もメンバーもけっこう大きな会社の再雇用組ややはり再任用で現役を張っている大学の先生、あるいは退職金をしっかりもらって定年退職した元会社員や元公務員で、支払い能力に不安があるわけではない。そもそもせんべろに行く必要などないメンツなのだ。
 そういう男たちに限って、何を勘違いしているのか、おしゃれした女性たちが二の足を踏むような店、ビールのコンテナに腰掛けてあらゆるメニューを注文し倒しても、千円とは言わないが二千円でべろべろに酔っ払えて、帰宅した後、洋服から髪の毛までしっかり醤油と油と煙のにおいが染みついてしまうような店に連れて行きたがる。
 俺はただの社畜エリートじゃない、ただの○高○大出身の元秀才でも、ただのインテリでも、ただの名家のおぼっちゃまでもない、とでも言いたげに、スタイリッシュにせんべろをキメたがる。

 確かに料理はおいしかった。煮込んだ軟骨、得体の知れない刺身や内臓、そしてメインのやきとんまで。野菜が無いのには閉口したが同じせんべろでもファミレス系より味はよかったように思う……。
 が、鯨飲馬食の宴たけなわからさらに少し時間が経った頃、わずか一日だけの休みを確保し、新潟から無理して出てきた疲労困憊の介護娘が手洗いに立ち、そのまま籠城。ほどなくべろべろに酔っ払った私も、酒酔いとは明らかに違う気分の悪さを覚えて中座。そのまま八王子に戻った。

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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