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篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

廃用症候群三歩手前で考えたこと 2

介護のうしろから「がん」が来た! 第26回

 理学療法士のお姉さんのことが大好きになった母だが、彼女の顔を見る機会はそう多くはなかった。手術後、半月ほどでその急性期病院を退院したからだ。
 その後は自宅近くのかかりつけ病院へ通院することになった。
 幸いリハビリテーションについてはかなり定評のあるところで、院内に通所リハビリの専門施設もある。
 
 だが、高齢者だらけのその場所を一目見たとたんに母の怒りが爆発。私を老人ホームに入れる気か? という訳だ。認知症の年寄りにとっては、通所リハビリも老人ホームもデイサービスも療養病棟も区別はつかない。うっかりすると私だって区別がつかない。
 記憶はすぐに無くなるが、怒りの感情だけはいつまでも尾を引く。しかたなくリハビリ施設は諦め、近所のスーパーの店内を歩かせ(足がうまく動かせなくても、カートを押せば歩くことができる)、座卓の上で野菜を刻んだり、公園の遊具で遊んだりしてもらい何とか機能回復を図った。ほどなく母の半身麻痺まひは完璧に解消したのだが、たまたま私が四六時中、一緒にいられ、たまたま運に恵まれたというだけで、そうでなかったら寝たきり一直線だった。

 母のように怒り出すということはなくても、病院の安静状態が続いた年寄りはたいてい意欲が減退している。住み慣れた家の清潔な布団で眠りたい。だれにも気を遣わず、ゆっくりしたい。そこで優しい介護者に恵まれたりしたら、だれがリハビリ病院や施設になど通うだろうか。あとは訪問看護と訪問介護で何とかやってね、というのは無茶苦茶な話だ。
 回復への意欲だの向上心だのを持って積極的に課題に取り組む神老人は別として、普通の高齢者は病院からいったん自宅に戻したらおしまいだ。せめてリハビリ期間終了まで、リハビリ専門病院、あるいは老健等のベッドを確保できるようにしてほしい。急性期病院からそちらへは直接移す。移送はタクシーや自家用車ではなく、少し高いけれど民間救急車を使う方が安全であるし、患者本人の抵抗もなく次の病院なり施設なりに素直に移ってくれるだろう。
 かわいそう? いや、その後の何年もの不自由な生活で本人が味わう身体的苦痛に比べれば、少しでも自由に動く体を取り戻してから帰宅する方がはるかに楽なはずだ。

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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