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篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」
認知症の母を介護しながら二十年。ようやく母が施設へ入所し、一息つけると思いきや――今度は自分が乳がんに!?
介護と執筆の合間に、治療法リサーチに病院選び……落ちこんでる暇なんてない!
直木賞作家・篠田節子が持ち前の観察眼と取材魂で綴る、闘病ドキュメント。

前回まではこちら→https://yomitai.jp/series/gangakita/

廃用症候群三歩手前で考えたこと 1

介護のうしろから「がん」が来た! 第25回

 別に再建などしなくたって、水着は普通に着ることができた。競泳用水着にバストは不要。あと五ヵ月後、再度、痛い思いをして手術する必要なんかなかった……。
 ぐらぐらする頭を抱え、ま、いっか、と気を取り直す。不精者の私のことで、もし再建せずに外付けのパッドなど使おうものなら、たちまち面倒臭くなって外しっぱなし。アマゾネスよろしく片方ぺちゃんこのまま、どこにでも出かけることになるだろうから。
 
 それよりまずは三ヵ月ぶりのプールレッスンだ。
 最初はウォーミングアップの蹴伸び。要するにただプールの壁や底を蹴って真っ直ぐに進むだけ、のはずが……。
 イタ、イタ、イタ、痛たたたた。頭上に腕を伸ばすだけで右肩が凄まじく痛い。後頭部で肘を交差させるように手を組む、などという基本姿勢はとても無理。
 昔、経験した五十肩とはケタ違いの痛さだ。
 脇下のリンパ節郭清かくせいはしていないから手術の後遺症ではない。
 原因はただ一つ。動かさなかったから。

 手術後、勢い良く歩いたり物を持ったりすると右胸が痛むので、右腕を胸にぴたりとつけて揺れを防いでいた。
 荷物を持つのも、掃除機を操作するのも、つり革に掴まるのも、ファスナーを上げるのも左手で行っていた。
 日常生活で両腕一緒に頭上に真っ直ぐ伸ばす動作などまずない。
 使わなければ退化する。関節の可動域が狭まる。
 結果がこの激痛だ。
 
「無理しないでいいですよ。自分のペースでやってください」
 コーチのおにいさんから声がかかるが、腕が真っ直ぐ前に伸ばせないのではバタ足さえままならない。
 たった二、三ヵ月で人の体というのはここまで退化する。
もしプールレッスンに参加しなかったらこの痛みに気づかなかった。というより痛いと思えば無意識に反対の腕でカバーする。そうするうちに関節の可動域はどんどん狭くなり、気づかぬうちに……。
 
 ぞっとした。
 たとえばもし私がもう少し年寄りだったら。もし着替えや立ち上がりのたびに、さっと手を貸してくれるような介助者に恵まれていたとしたら……。
 そしてもっと重い病気で長い療養期間を経ていたら。

 

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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