よみタイ

篠田節子「介護のうしろから『がん』が来た!」

チャオプラヤー川のディナークルーズ 国辱的オヤジの姿は消えたけれど

 高いお金を払ったディナークルーズの惨状に腹を立てた翌日、バンコクの町中にブランチに出かけた。ブランドショップの並ぶショッピングモールは、前日にお門違いと知れたので、古くからある庶民的なモールを選ぶ。
 
 土産物屋が軒を連ねるフロアを見下ろしながらエスカレーターを上がり、ゲームソフトや得体の知れない電子部品が溢れるオタク空間を冷やかした後、フードコートに。
 薄暗い照明の下、調理の熱気と人いきれがフロアを包んでいる。壁にそってずらりと並んだ地方料理の店の数にまず圧倒された。
 店頭に並べられたバットの中にあるものは、くたっとした緑の菜っ葉、得体の知れない茶色の煮物、汁気の出たごってり大量の炒め物。
 正直、見ただけで食欲が減退する。が、めげずにご飯プラスおかずを三品選び、テーブルに運ぶ。
 
 客は地元のサラリーマン、女性会社員、家族連れ、などなど。正面のテーブルの、一目で中国系タイ人とわかる色白、ワイシャツ姿の男性がやにわにウェットティッシュを取り出す。手を拭くのかと思いきや、箸、レンゲ、グラス等々を拭き始める。いかにも几帳面な手つきで浄めた後に、おもむろに料理に箸をつける。かなり神経質な方、とお見受けしたが、中国系住民にはこのパターンがけっこう多いらしい。もちろん私はそんな作法は無視していきなり食べ始める。
 え? う、うまい!
 今までの甘くて、どろどろ片栗、油ぎらぎら料理は何だったのか。くたくたの菜っ葉、醤油色の煮しめ、得体の知れない炒め物、そのどれもが奥深く香り高くスパイシーな、これぞタイ料理、の味だ。

 病気のせいで食欲が落ちた、味覚が変わった、わけではなかった。
 ホテルや客単価の高いレストランが、観光客や日常食に飽きた現地の金持ち向けに目先の変わった料理を出しているだけだ(観光客の群がる屋台も、最近はかなり砂糖ドバドバの味になっていると聞く)。 
 今回、病気をした後でもあり、安全面から少しばかり張り込んでそうした高い店やホテルのレストランを選んだのが間違いだった。
 
 庶民的なデパートやモールのフードコート、ビジネス街の小さな食堂は、タイ各地のおいしいものの宝庫だ。バットに入っている料理の見た目や、タイ語のみのメニューにひるまず、指さし注文してみれば、普通においしいものにありつける。
 繰り返しになるがバンコク市民の所得水準や生活水準は東京と変わらない。彼らが日常の食事をする場所であれば、トイレもきれいで安全、衛生面でもまず心配はない。

 寺や遺跡も見ず、ディープバンコクの路地裏探索もなく、食事と町中リゾートだけで終わった退院20日後の旅だったが、明日は帰国という日の夕刻、淡い光にきらきら輝くプールの水面を眺めているうちに、誘惑に抗しきれずとうとう水着に着替えて、そろりそろりと水に入った。
 
 驚いた。水深二メートルを超えるプールの水面に仰向けになり、手足を広げてぷかりと浮かんだ瞬間、おいしいものを食べているときも、楽しいショッピングの最中も、途切れることもなく続いていた胸の痛みと重苦しさが、ふわっ、と消えた。
 気分的なものではない。
 生ぬるい水の中、重力から解放されたため、どこからも引っ張られず、されず、痛みも不快感も瞬時に消えたのだ。
 水面上から眺める椰子の葉越しの夕暮れ空は、これまで見たことがないほど美しかった。

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篠田節子

しのだ・せつこ●1955年東京都生まれ。作家。90年『絹の変容』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
97年『ゴサインタン』で山本周五郎賞、『女たちのジハード』で直木賞、2009年『仮想儀礼』で柴田錬三郎賞、11年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞、15年『インドクリスタル』で中央公論文芸賞、19年『鏡の背面』で吉川英治文学賞を受賞。『聖域』『夏の災厄』『廃院のミカエル』『長女たち』など著書多数。
撮影:露木聡子

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