2019.3.6
天使が微笑む都 七年ぶりのバンコクの酷寒
右胸は相変わらず重く、不快な痛みは続いているが七年ぶりのバンコクで心は躍る。
まだ右手で重い物を持てないので、パソコンやゲラの類の重量物は夫に持ってもらった。
スワンナプーム国際空港から電車に乗る。ホテルまでの途中駅での乗り換えでは長い階段がある。よたよたと降りかけると、近くにいた清掃員の女性が、さっと箒とちりとりをその場に置き、無言で荷物を持ってくれた。私の先に立って階段を降り始める。
到着するなりの親切に戸惑いつつ、ああ、バンコクに来たんだ、と感激する。
ホームに着き「コックンカー」とタイ語で礼をのべると「ウェルカム」と微笑みを返しただけで清掃員さんはすたすたと階段を上っていく。後ろ姿に両手を合わせ、幾度も幾度も頭を下げる。
BTS(高架鉄道)のサパーンタクシン駅から川船に乗り換え、夕刻、チャオプラヤー川に面したアナンタラ・バンコク・リバーサイド・リゾート&スパにチェックインした。敷地は大都市バンコクとは思えないほど緑豊かで、建物が古いせいか宿泊費はリーズナブルなホテルだ。
季節は暑季から雨季への変わり目。凄まじい雷とスコールに迎えられ、遂にここまでやって来たと、万感の思いで滝のような雨音を聞く。
翌朝、時差ぼけと中途覚醒のせいで午前三時には目覚め、ベランダやホテルの庭で次第に明るさを増していく空と、大河(どぶ川)を行き来する船を眺める。
東の空から川面までが見事なバラ色に染まる朝焼けは、雨季ならではの楽しみだ。
とことこと歩いて近くのコンビニに行き、アイスコーヒーと山羊乳を買い、部屋に戻り前日に買っておいたマンゴーやロンコンというライチに似た果物で朝食。午前中は生ぬるい空気のバルコニーでひたすら本を読み、原稿を書く。
だが昼近くなると、優雅なリゾートライフに慣れていない体がむずむずし始める。
のそのそと外出用のワンピースに着替え、「面倒くせえ」と言う夫の尻を叩き、シャトルボートと高架鉄道を乗り継ぎ町へと繰り出す。
これぞ熱帯の雨季、といった一面水しぶきに煙る滝のような雨だが、高架鉄道の駅と主なショッピングセンターはたいてい屋根付きの通路で結ばれており、ほぼ濡れずに行ける。
七年前にはすでに豪華なショッピングモールが町のあちこちに出現していたが、今回、さらに数を増やしている。中国系タイ人の町バンコクでは人々の所得水準、生活水準は東京と変わらない、と聞いたがまさにそれを象徴する賑わいだ。レーヨンのワンピースにサンダル履きの私は、阿房宮より広く入り組んだモールで、高級ブランド店から流れてくる香水の匂いの中、あんぐり口を開けて立ちすくみ、やがて強烈な冷房に震えだし、出口を求めて彷徨い始める。