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ノートにappleと延々書き続ける東大文一志望の大物受験生・永森【学歴狂の詩 第6回】

永森は真の大物だった

 その後、永森は龍谷大学と同志社大学を受けたが、産近甲龍も基本D判定で、関関同立もほぼE判定という中で、かなり絶望的なチョイスだと私たちは思っていた。永森の第一志望は同志社大学経済学部だった。しかしこの同志社経済というのは、京大志望者が練習のためにクソほど集まる場でもあった。現役時代は背水の陣で京大法学部に突撃した私も、浪人時には普通に同志社を受けに行った。会場には見覚えのある顔がたくさんあった。そこはそれぞれ異なる受験刑務所から出てきた囚人たちが「久しぶりやのう!」とシャバで挨拶をかわすような、一種異様な社交場になっていた。中にはなんと、「東大理一を受けるが、高校時代に仲違いしたままの◯◯君が京大の滑り止めで同志社経済を受けると聞いたので、東大受験前に関係を精算しにきた」という理由で受けに来た者もいた(マジで意味不明なのだが、私はこの二人を仲直りさせる仲立ち人を務めるはめになり、同志社受験が終わった後三人でラーメンを食べに行った。なおその同級生は無事理一に合格し、もう一方も京大経済に合格した)。

 東大京大狙いの猛者たちが一堂に会する様を見て、さすがの永森も「なんでお前らがおんねん!!」と怒っていた。私は本当にすごい集まり方をしていたので思わず笑ってしまったが、同志社を第一志望とする永森にしてみればたまったものではなかっただろう。

 だが、永森はやはり真の大物だった。その後、D判定を連発して絶望視されていた龍谷大学法学部を見事撃破したのだ。永森のサムアップ写メ付きのニュースはたちまち広がり、私たちを元気づけた。D判定からでも逆転できるという現実は、成績があまり伸びていなかった京大志望者を照らす希望の光となったのだ。そしてさらに驚くべきことが起きた。永森は私たち京大志望者による凶悪な妨害行為があったにもかかわらず、というかそもそもE判定しか取ったことがなかったにもかかわらず、同志社大学経済学部をマジで撃破したのである。このニュースは私たちを激しい熱狂の渦に巻き込んだ。今年の夏の甲子園、慶應高校の試合で清原勝児選手が出た途端に球場の空気が一変するということがあったが、イメージとしてはあれを想像してもらいたい。

 永森はこうして「大物」の名に恥じない大逆転を――当初の目標よりは低い位置でだが――華麗に決め、同志社大学経済学部に進学した。私は大学時代、この永森と一緒に京都駅前のベローチェというカフェでよくダベっていた。私は滋賀の家に帰るのに京都駅を使っていたし、鬼アルバイター永森のバイト先も京都駅ビル内にあったので、とにかく時間が合えばベローチェで一緒に過ごした。京大でできた友人にも永森を紹介し、みんなで飲みに行ったりもした。あの頃は非常にアホなことばかり話して貴重な時間を無駄にしたような気もするが、あれ以上に楽しく有意義な時間の過ごし方はなかったような気もする。いずれにせよ、もう私の人生から非常にアホなことばかり話せる場所は失われた。若い読者のみなさんに一応言っておくが、アホなことは話せるうちに話せるだけ話しておくべきである。

 そうしてだらだらと楽しいだけの時間を過ごして就職活動を迎えた私は、京大で仲の良かった友人がマスコミや院進など自分と違う道に踏み出し始めたため、いつのまにか盟友となっていた永森とともに金融業界を中心とした就活を戦っていくことになる。次回、「学歴狂の詩」番外編として、私(と永森)が体感した学歴と就活の恐ろしい関係について、ヤバい人に怒られないギリギリのところまで語りたいと思う。

 次回連載第7回は12/21(木)公開予定です。

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佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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