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努力界の巨匠・菅井が教えてくれた努力それ自体が持つ「美」【学歴狂の詩 第5回】

稀代のカルト作家として人気を集める佐川恭一さんによる、初のノンフィクション連載。
人はなぜ学歴に狂うのか──受験の深淵を覗き込む衝撃の実話です。

前回は、伝説の英語教師・宮坂を紹介しました。
今回登場する学歴狂は、努力界の巨匠・菅井です。

また、各話のイラストは、「別冊マーガレット」で男子校コメディ『かしこい男は恋しかしない』連載中の凹沢みなみ先生によるものです!
お二人のコラボレーションもお楽しみください。
イラスト/凹沢みなみ
イラスト/凹沢みなみ

努力=方向性を正しく定めて量をこなすこと

 今回は「努力」というものについて考えてみたい。私なりにシンプルに定義すれば、努力とは「方向性を正しく定めて量をこなすこと」となるが、大変複雑なことに、努力する「才能」というのも個々によってバラバラであり、またさらに細分化すれば「方向性を正しく定める才能」と「量をこなす才能」も異なる。

 私に関していえば、高校受験までは才能と努力の諸要素がガッチリかみ合っている感覚があったが、大学受験ではそうはいかなかった。一応人並み以上には緻密な受験戦略を練っていたと思うが、東大京大戦線の中ではお世辞にも要領や地頭が良い方ではなかったので、もっとも根性だけで何とかなる「量」に頼らざるをえなかった。とにかく膨大な勉強量を確保することで、必死にトップ層に食らいついていたのである。

 高校時代、私は一定以上の成績の生徒をタダで在籍させてくれる塾に入り、放課後から夜までそこの自習室で勉強することを習慣としていた。そのとき、私は高校で同じクラスにいた医学部志望の西田と、中学時代に学校の勉強そっちのけで赤本を解いて激怒されていた菅井(第一回参照)と、三人でつるんで自習していた。みんな滋賀県の出身で、帰りの電車の方向も同じだったのだ。私たちは大体自習室が閉まる22時まで勉強していたが、その時間まで残っているのは大抵その三人だけだった。私たちが塾のガリ勉トップ3だったのである。

 中でも菅井のストイックさは群を抜いていた。菅井と私は小中高と同じ所に通っていたのだが、小学生時代からその片鱗はあった。私たちの小学校では五、六年生の時に「自主勉強マラソン」という企画があって、自主勉強ノートを作って1ページやるごとにシールを1枚もらえ、47枚集めると日本一周というルールになっていた。そこで私たちは学期ごとに日本を何周できるかを競っていたのだが、私はいつも絶対に2位だった。菅井が信じられない量をこなしてくるからである。よほど大きな字で書いてページを水増ししているのだろうと疑ったが、ノートを見せてもらうと私よりも細かい字でぎっしりとノートを埋めていた。私もかなりやっているつもりだったのだが、それでも1.5倍ぐらいの圧倒的な差をつけられてしまうので、私は菅井と量で競うのはやめにしたのである。

 中学時代の塾でも菅井は私と同じ上位クラスになり、その努力量は相変わらずおぞましかったが、彼が私の成績を上回ることは一度もなかった。塾のクラスの上位に食い込むこともなく、結局彼は某R高の特進コースではなく一般コースに進むことになった。現状は詳しく知らないが、某R高の京大合格実績というのはほとんど高校からの特進コースと中学からの内部進学コースで稼がれているものであり、一般コースから京大に受かる生徒はきわめて少なかった。しかし、菅井はそこからの逆転に賭けた。彼は京大法学部を目指して塾の自習室の主となり、私たちをその圧倒的勉強量で引っ張ってくれたのだ。

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新刊紹介

佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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