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努力界の巨匠・菅井が教えてくれた努力それ自体が持つ「美」【学歴狂の詩 第5回】

菅井の弔い合戦

 しかし、ミスターストイック・菅井の魂のチャレンジは、突如として終焉を迎える。高三の夏、菅井は過労かストレスかで血尿をぶっ放し、ドクターストップをかけられてしまったのだ。無茶な努力ができなくなった菅井はあまり遅くまで自習しなくなり、22時まで自習室にこもる人間は私と西田だけになってしまった。そしてある日、菅井は「京大受験をあきらめる」と言った。もともと成績的にもかなり厳しかったのだが、伝家の宝刀である「努力」まで封じられてしまってはどうしようもないという結論に至ったのだろう。菅井は定期テストの成績はそこそこ良かったので推薦でMARCHに入ることに決め、そこで改めて体勢を立て直して司法試験を狙うということだった。菅井は「最終ゴールの司法試験に受かれば一緒や」と気丈に振る舞っていたが、私と西田は菅井の無念がどれほどのものなのか、ともに長い時間を過ごしてきたからこそ我が事のようにわかった。

 私と西田は、菅井の弔い合戦のようなつもりで(MARCHに行けるのだから普通に考えれば全然死んでいないのだが)自習室にこもり続けた。だめだ、もう帰りたい、と思う日も、「菅井ならまだまだ残るはずだ」と自分に鞭を入れて踏ん張った。競馬マンガ『みどりのマキバオー』の有馬記念で、マキバオーのライバルのカスケードがマリー病という奇病で本来の力を出せず後退していくのに、マキバオーには本来のカスケードの姿の幻影が見えてそっちと戦っている、という名シーンがあるのだが、菅井はまさに有馬記念のカスケードとして、私たちとともに走り続けてくれたのである。

 結果的に、菅井はもちろん現役でMARCHに進み、私と西田は浪人した。それ以降、菅井とは一度だけ地元で会ったぐらいなのだが、風の噂で某大学のロースクールに入ったと聞いた。その後のことは知らないが、あの度を超した努力が結実していることを私は祈っている。なお、西田は一浪で国公立医学部に合格し、今は立派に医者として働いている。西田とはコロナ禍前まで定期的に会っていたが、やはり怠け心が出そうになったときには、あの菅井の自習姿が浮かんでくるのだと言っていた。受験というのは、プロセスがどれだけ優れていても、客観的には結果のみが残ってしまう残酷なゲームである。しかし、菅井の(大学受験では)報われなかった鬼神のごとき努力は、少なくとも私と西田の胸に一生残り続けるだろう。

 次回連載第6回は11/16(木)公開予定です。

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新刊紹介

佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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