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伝説の英語教師・宮坂の恐怖政治「英作文から神戸大学の臭いがする」【学歴狂の詩 第4回】

稀代のカルト作家として人気を集める佐川恭一さんによる、初のノンフィクション連載。
人はなぜ学歴に狂うのか──受験の深淵を覗き込む衝撃の実話です。

前回は、東大文一原理主義者・内山を紹介しました。
今回登場する学歴狂は、伝説の英語教師・宮坂です。

また、各話のイラストは、「別冊マーガレット」で男子校コメディ『かしこい男は恋しかしない』連載中の凹沢みなみ先生によるものです!
お二人のコラボレーションもお楽しみください。

鬼畜スマイルで「駿台入学おめでとう!」

 私たちが高校三年生になると、伝説の英語教師と呼ばれる男、そして今も伝説を作り続けている男の授業がカリキュラムに組み込まれるようになった。名は仮に宮坂とさせてもらう。一発目の授業のとき、私たちは「なんかまあ有名なやつらしい」程度の認識で、特に何も考えていなかったのだが、宮坂はものすごい勢いでバキーン、バキーン! と教室のドアを開けて閉め、一番前の席に座っていた生徒の机の上にあった英和辞典「ジーニアス」をいきなり引っつかみ、教室の端のゴミ箱にブン投げたのである。

「お前らァ!!」と宮坂は言った。

「日本の英語力はな、アジアでべべから二番なんや! べべがモンゴル! その次が日本や!! こんなもん使っとったら英語はいつまでたってもできるようにならん! 辞書は英英辞典のロングマンを使え!! 単語の語源を常に意識しろ!!」

私たちはそれで度肝を抜かれ、みんな英和辞典をスッと机の中に隠した。そもそも学校が推奨している英和辞典が「ジーニアス」と「ライトハウス」だったのだから、私たちは何も悪くないのだが、「いや、学校がジーニアスかライトハウスって言ったんですよ!」と反論でもしようものなら龍虎乱舞を食らうことは間違いなかった。

 彼は毎回自作の英作文のプリントを用意し、生徒に黒板に答えを書かせた。私たちはその番に当たったときにはビビり散らかしていた。書いた答えは大抵の場合ケチョンケチョンに貶され、吊し上げられてしまうからだ。書かれた英文に鼻を近づけてクンクンと臭いを嗅いで、「神戸大学の臭いがする!」「というか教室全体が神戸大学臭い!!」と叫んで東大・京大・国公立医学部志望の私たちを辱めたり、英文を見た瞬間に「蛍の光」を歌い出して「駿台入学おめでとう!」とものすごい鬼畜スマイルを見せたり、本当に話にならないときは英文の上に高校の校章を書きながら「パンパパーン、パンパパーン♪」と校歌を前奏から歌い出すのだった。

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新刊紹介

佐川恭一

さがわ・きょういち
滋賀県出身、京都大学文学部卒業。2012年『終わりなき不在』でデビュー。2019年『踊る阿呆』で第2回阿波しらさぎ文学賞受賞。著書に『無能男』『ダムヤーク』『舞踏会』『シン・サークルクラッシャー麻紀』『清朝時代にタイムスリップしたので科挙ガチってみた』など。
X(旧Twitter) @kyoichi_sagawa

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