編集者、ライターとして、公私ともに忙しく過ごしてきた。
それは楽しく刺激の多い日々……充実した毎日だと思う。
しかし。
このまま隣室との交流も薄い都会のマンションで、
これから私はどう生きるのか、そして、どう死ぬのか。
今の自分に必要なのは、地域コミュニティなのではないか……。
東京生まれ東京育ちが地方移住を思い立ち、鹿児島へ。
女の後半人生を掘り下げる、移住体験実録進行エッセイ。
2022.3.26
移住の前に、本当はやっておかなければならなかったこと

町と、文化と、それから私、みんなちがって、みんないい。
私が鹿児島に移住したことが、周囲の友人や仕事関係者にもだいぶ広がって、随分会っていなかった人達から突然連絡をもらうことが増えました。サークルの先輩や大企業時代の同期、若い頃付き合っていた彼氏……、移住をしていなければ、もしかしたら二度と連絡を交わすことがなかったかもしれない懐かしい人達から次々に連絡が入って、久しぶりに会話をしたり、食事に行ったりと途切れそうだった縁が復活していきました。
普段からお互いのお葬式に行ける関係性を築きたいと思って交流している私にとって、その人の胸の内に、自分の存在が残っているのは嬉しいものです。
ある日、以前ドイツとチェコを共に旅した友人から連絡が入りました。最後に連絡を取り合ったのは、コロナの問題がちょうど始まるか始まらないかの頃。オリンピックの期間中、東京は人でごった返すだろうから、アイスランドに旅をしようと計画していましたが、間もなくしてそれどころではなくなってしまったのでした。
彼女との縁が途切れることはないとわかっていたので、数年連絡を取り合わないこともままあって、何かのタイミングでどちらともなく連絡を取り合う関係です。
普段、LINEでやり取りをすることが多いのですが、そのときは珍しく電話がかかってきました。何事かと出てみると、彼女も福岡に移住したというのです。
「コロナが始まってから、ずっとリモートワークだったし。悩んでたけど、綾ちゃんが移住したって聞いて背中押されちゃった!」
あっけらかんと話す彼女は会社務めで、どちらかというと都会が好きなイメージでした。でも、移住先は福岡でも中心部ではなく、その報告に驚きました。
思えば、コロナが広がる前から少しずつ周囲でも移住をする人が増えてはいました。ファッション業界の人は、都心にアクセスのいい葉山あたりに行く人が多く、少し前は軽井沢が盛り上がっていると聞きました。同じように編集やライティングを生業にしている友人は鎌倉で畑を始めて、一緒に仕事をしていたスタイリストさんはいつの間にか逗子に引っ越していました。
でも、いわゆる会社員である友人の移住は、自由がきく職業ではない人達も動き始めたことを実感させられました。
東京の転出者の増加、千葉、埼玉、神奈川の転入者の増加、それらの地域の地価の上昇。20年前に夢見た、今では死語となったユビキタス社会がやっと訪れるのかも? でも、結局、雇用自体は都会にあるし、実際に増えているのは都会の周辺だけ。私が描いた“地方独自の文化が花開く”のは、まだまだ遠い未来な気がします。
今まで、地方から東京に来た若者に出会うたびに、「なんで東京に来たの?」という質問を重ねてきました。過去は「やりたいことが東京にある」というポジティブな回答が多かったけれど、だんだんと「地元に仕事がない」というネガティブな回答が増えていきました。その状況は今も変わっていないように思います。
それでも、皮肉にもコロナウイルスの拡大によって、どんどん人口が増えて住みづらくなっていった都会から人が離れていくのは、何かの第一歩のような気がして、ほのかな希望を抱かずにはいられないのでした。
その地、その地に異なる文化があって、多様でユニークな町が全国に存在するほうがずっとワクワクする。都会のやり方を持ち込むのではなく、その地に住む人が、その場に即した文化を築いていく様を見てみたい。楽しさ至上主義である私の自分勝手な妄想と希望です。