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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を描いたロングセラー『兄の終い』のほか、『全員悪人』『ハリー、大きな幸せ』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』など、数多くの注目作を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

義両親と過ごす修行を経て戻った大好きな正月ー三が日の過ごし方の変遷に思うのは

 大好きだった正月が大嫌いな正月となり、そして再び大好きな正月に戻って数年経過した。私が子どもの頃の正月といえば、近所の商店街やスーパーはすべて完全にお休みで(当然、24時間営業のコンビニなど、当時は影も形もなかった)、道路にはほとんど車が走っておらず、町全体が突然止まってしまったかのような、そんな不思議な静寂に包まれるのが正月というものだった。

 1月1日の朝になると、いつもは車の往来が多かった家の前の道路のど真ん中に、兄と一緒に寝転ぶのを楽しみにしていた。普段できないことができるのが、正月だった。両親は朝から料理をテーブルに並べて、こたつに足を入れ、正月のテレビ番組を観ながらビールをゆっくりと飲んでいた。私は、正月のこの時間が大好きだった。普段はめったに揃わない家族四人が、年のはじめの三日間だけ、こうやってゆっくりとした時を過ごす。先の一年の目標を言い合い、ときおり大笑いしながらおせち料理を食べる。今にして思えば、家族の幸せとは、あの時間だったのかもしれない。

 そんな幸せな正月は父の死で消え失せ、私にとっての正月は、一人暮らしのアパートで過ごす孤独だけれども、気楽なものとなった。寂しいといえば寂しいけれど、一人暮らしから得られる完全な自由と、同じ孤独に潰されそうになっている友人知人と集まることの楽しさが、すべての寂しさを紛らわせてくれた。そのうち、そんな寂しさにも慣れ、家族のように仲のよい友人と過ごす正月が普通になった。

 これが大きく変わるきっかけとなったのは結婚だった。夫の両親は、私の両親とはまったく違うタイプの人たちで、しきたりを何よりも大切にした。私にとっては別世界、彼らにとって、私のように協調性のない人間とは出会ったことがないタイプ。必ず正月は実家に戻り、朝から新年の挨拶をし、おせち料理を食べながら一年の抱負を語り合う……という、私からすると完全にアウェイにおいての厳しい戦いが正月となった。面白いことを探すのがなにより得意な私が、絶望しか感じられなくなった。私にとって正月は修行の場と化したのだ。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。

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