よみタイ

温泉、食べ物、住まい……都会人が知らない贅沢

名前も知らない赤の他人との優しい関係

 硫黄泉を求めてやってきた霧島でしたが、炭酸水素塩泉や単純温泉など、さまざまな泉質の温泉が点在していました。お隣の姶良市には硫酸塩泉もあるし、温泉を求めて全国を旅してきた私にとってはパラダイス。毎日、違う温泉に行って、ベスト・オブ・近所の温泉を探すことにしました。もう、温泉に浸からないと生きていけない気がします。メタバースでは絶対に味わえない、この快楽たるや。

 ここでは銭湯が温泉です。源泉かけ流しが当たり前、どこも近隣に住む人たちで賑わいます。
 狭いお風呂が嫌いで、自宅ではほとんど湯舟に浸からない分、東京でも銭湯にはよく行っていました。たまに、銭湯遠征と称して下町まで足を伸ばすことも。
 東京の公衆浴場は大体つくりは一緒で、引き戸を開けると目の前の壁一面に富士山や桜の木が描かれていて、奥に湯舟がいくつか並び、手前に洗い場が行儀よく整列しています。
 でも、鹿児島の銭湯は場所によってまったくつくりが異なっていました。ど真ん中に湯舟があるところもあれば、L字型にいくつか浴槽が並んでいるところも。中には、脱衣室と浴槽を区切るドアが存在しないところまでありました。女神がかついだ水瓶からお湯が出ていたり、塩ビ管からドバドバと大量のお湯が注がれていたり、フォーマットがないので、どこも個性的です。
 番台というものはなく、浴場の扉を開ける前に受付があってチケットを購入するのが一般的なようです。ほとんどが300円前後で入浴することができます。
 かなり建物が傷んでいるところもありますが、掃除は行き届いていて、何より素晴らしい泉質。心なしか、来ている人達の肌もシミがなくすべすべしているように見えます。
 顔を合わせれば「こんばんは」とご挨拶。温泉から出るときに「お先に失礼します」と言うと、そこにいる人達がみんなで「さようなら~」と返します。うーん、なんだかいい感じ。
「今日は寒いわね」と自然に話しかけれ、「明日は暖かいみたいですよ」と名も知らぬ人との会話が始まります。

 全国を巡るうちに、田舎に行くほど他人との距離が近いと気づきました。
 北海道の利尻島に行ったときは、バスの運転手さんとおばあちゃんが世間話をしながら運行していたし、山形のローカル線に乗っていた時は隣の席のおばあちゃんから話しかけられ、娘さんの恋愛相談を受けました。
 東京でも、小さい頃はそんなことが日常的にあったような気がしますが、ナンパや詐欺が横行した結果、街中で話しかけてくる他人=怪しい人という理解が定着したように思います。
 そんな環境に長くいたせいか、霧島での見知らぬ人との会話はとても新鮮でした。

 ある日、土間を掃除しようと、ホームセンターで箒を物色していたら、突然おじさんが話しかけてきました。
 「俺もいろいろ使ってきたけど、やっぱり竹ぼうきが一番だよ。これがいいよ」と勧められ、最初はびっくりしましたが「じゃあ、これにします!」と言われるがままに竹ぼうきを買うことにしました。
 コンビニでは、若い店員さんが、足元のおぼつかないおばあちゃんに「気をつけて帰ってよー!」と声をかけます。
 以前、一緒に仕事をしたデザイナーさんとの会話を思い出しました。その人は、近くのコンビニの店員さんが「ありがとうございます」と言うようになったことに嫌悪感を抱き、それ以来そのコンビニを利用するのをやめたと言っていました。東京では個人主義が行きつくところまで行きついた感じがします。
 こんな状況で、東京で大災害が起きたとき、地域という単位で助け合いが行われるのでしょうか。改めて「自治」という言葉の意味を考えさせられます。
 最近では、移住してきた人が自治会に入らないケースもよくあると聞きます。若い時は、私も近所の人から干渉されることが嫌で嫌で仕方なくて、池袋の中学校に行き始めて、かかわりが薄くなったことを喜びました。気の合う人とだけ付き合う自由を謳歌してきたはずなのに、この歳になってその危うさに気づかされます。
 子どもがいれば、地域との関係性も変わってくると思いますが、2040年には約4割が単身世帯になるというデータもあります。名も知らぬ赤の他人だとしても、同じ場所に住んでいることで協力し合える関係性を築かなくて、本当に大丈夫なのでしょうか。

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藤原綾

1978年東京生まれ。編集者・ライター。早稲田大学政治経済学部卒業後、某大手生命保険会社に就職するも、大企業の闇に触れて逃げるように宝島社に転職。ファッション誌の編集を経て2007年に独立し、ファッション、美容、ライフスタイル、アウトドア、文芸、ノンフィクション、写真集、機関紙……と、節操なく仕事を受けてきた結果、幅広い業界で編集・執筆活動を行うことに。近年もブランドムック『ANNA SUI COLLECTION BOOK』、雑誌『小学一年生』、漫画『ごろごろにゃんすけ』(村里つむぎ)、書籍『つくるひとびと』(秋山竜次/ロバート)、小説『海の怪』(鈴木光司)、カタログ『LAZY SUSAN』など、極端なノンジャンルで活動中。

インスタグラム @id_aya

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