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村井理子「犬と本とごはんがあれば 湖畔の読書時間」
実兄の孤独死をめぐる顚末を描いたロングセラー『兄の終い』のほか、『全員悪人』『ハリー、大きな幸せ』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』など、数多くの注目作を手掛ける翻訳家の村井さんが琵琶湖畔に暮らして十数年。
夫、10代の双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリー君と賑やかな毎日を送っています。
公私ともに古今東西の書籍にふれる村井さんは、日々何を読み、何を思い、どう暮らしているのでしょうか。
人気翻訳家によるエッセイ+読書案内。

全ての事柄にちょうどよさを求める年齢ー寄る年波に抗わず、手を抜くのは……

 寄る年波には勝てぬ。そう、心の底から実感している。

 先日、息子に誘われて初めて家系ラーメン店なる場所に行き、大変美味しく頂いたというのに、その後二日間にわたって食欲というものが無風になった自分を冷静に見つめ直し、考えた。私はすっかり中年だ。初老と言ってもいいかもしれない。悲しいがこれが現実だ。

 家系ラーメンでダメージを受けた翌週、機会があってホテルの和食レストランで近江牛会席を食べた。ほんの少しずつ、皿の上に並べられた前菜。薄味で丁寧に作られたであろう品々を見て思った。こ・れ・だッ!

 近江牛のロースト、小鮎甘露煮、秋茄子揚げ煮、いくら、もずく、秋鯖寿司、柿の利休寄せ、銀杏。ほんの少しずつ、まるでそれぞれが優等生のように、きちんと並んでいる。量がちょうどいいということも重要だが、「熱すぎず、冷たすぎない」ということも、初老の食卓には大切な要素だと最近気づいた。温度まで関係あるのか、まったく面倒くさいなと思わないでもないが、こぢんまりとした前菜を前にして「こんなんがええねん、最近は!! こんなんでほんまにちょうどいいねん、最高や!」と声を出していた。恥ずかしい。

 続く小鉢、吸い物、蓋物、焼きもの。すべてがちょうどよい。この「ちょうどよい」は大変重要なことだと感じ始めている。それは食べものだけではない。生活にまつわるほとんど全ての事柄に対して、私はもう、ちょうどよさを求める年齢になったのだと思う。そんなことを言うと、「まだまだ早いわよ~」と言って下さる方もいるが、いいんです、それで。私はもう、なんでもかんでも「ちょうどよい」生き方をしたいんです! ちょうどよい仕事量、ちょうどよい人生とか、そういうことです。

 私は普段、朝から晩まで家にいて仕事をしつつ、適当な時間に適当に何か作って食べる生活をしている。その適当に作る食べものに関しても、最近はちょうどよさを考えるようになってきた。私にとっては、楽で、速く、適量であることがとても大事だ。食べ過ぎると体力を奪われるのだ。書いていて悲しくなってきた。そして先日、ここに「いいかげん」も付け加えることにした。そもそも私はいいかげんな人間なのだが、よりいっそう、いいかげん要素を付け加えることで、とても快適な暮らしを実現できている。人間、諦めが肝心とはよく言うが、本当にそうだよ! 仕事、家事、育児、介護、に追われて時間がないと思っていたというのに、この「いいかげん」導入以降、私のYouTube視聴時間は飛躍的に伸びている。

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村井理子

翻訳家、エッセイスト。1970年静岡県生まれ。琵琶湖畔に、夫、双子の息子、ラブラドール・レトリーバーのハリーとともに暮らしながら、雑誌、ウェブ、新聞などに寄稿。主な連載に「村井さんちの生活」(新潮社「Webでも考える人」)、「犬(きみ)がいるから」(亜紀書房「あき地」)。主な著書に『兄の終い』『全員悪人』(CCCメディアハウス)、『犬ニモマケズ』『犬(きみ)がいるから』『ハリー、大きな幸せ』『家族』(亜紀書房)、『村井さんちの生活』(新潮社)、 『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)、『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『更年期障害だと思ってたら重病だった話』(中央公論新社)など。主な訳書に『サカナ・レッスン』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『黄金州の殺人鬼』『メイドの手帖 最低賃金でトイレを掃除し「書くこと」で自らを救ったシングルマザーの物語』『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』『捕食者 全米を震撼させた、待ち伏せする連続殺人鬼』など。

ツイッター:@Riko_Murai
ブログ:https://rikomurai.com/

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