よみタイ

「あなたの卵焼きやっぱり美味しいよ」。誰かのために料理を作り、料理を褒められて泣く。私の余生はこれでいい。

 ルイボスティーをきっかけに、健康な食生活を心がけるようになった私は、カップ麺、コンビニ弁当、ウーバーイーツという乱れ切った食生活を猛省し、久しぶりに自炊に挑戦しようと思い立つ。
 大学生の頃にちゃんぽん屋でバイトをしていたので、料理自体に苦手意識はないのだが、面倒臭がりな性格が災いし、大人になってからは自炊の自の字もやっていなかった。食費を抑えるという経済的な面からも自炊を始めるならこのタイミングを逃すわけにはいかない。

 とはいえ現状は、一日三食のほとんどを同棲中の恋人に任せっきり。栄養のバランスまで考えて、日々の献立を考えてくれる彼女にはいくら感謝しても感謝しきれない。
 ずぼらな自分にもできる料理はないだろうかと思いあぐねた末に、シンプルイズベストという結論にたどり着いた私は、おにぎりと卵焼きを極めることにした。

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 無洗米というノーベル賞ものの発明により、米を研ぐ工程が省かれ、ストレスなくホカホカのご飯を炊ける時代になった。どこの誰かは存じ上げませんが、無洗米を考案した人よ、本当にありがとうございます。未来永劫感謝し続けます。
 おにぎりといえば〝握るだけ〟というイメージが強いが、最近では百均ショップで、動物の形をしたものから、星の形をした子供が喜びそうなものなど、多種多彩なおにぎりを作る専用器具が売られている。
 私が愛用しているのは、米と具を入れてぎゅっと握るだけで綺麗な形のおにぎりが出来るシリコンタイプのものだが、使っていて一番楽しいのは一度に六個のおにぎりを作れるアイデアグッズである。容器の中にご飯を入れて、上から押さえつけるだけで完成。おにぎりってこんなに簡単にできていいのかしら。
 ツナマヨ、しゃけ、昆布などの具入りの他に「味道楽」や「瀬戸風味」といったお気に入りのふりかけをまぶしたご飯で作るおにぎりも非常に美味しい。
 仕事に持って行くお弁当にも最適だし、夜食として食べるおにぎりも最高だしと、おにぎりは万能の食べ物である。だけど不思議なもんで、おにぎりって大切な人にしか作ってあげたくないもんである。同じく、大切な人に作ってもらったおにぎりって心にじわーっと染みこんでくる喜びがある。子供の頃には全然気づかなかったことである。おにぎりって不思議な食べ物ですね。

こうやっておさえて……
こうやっておさえて……
できた!
できた!

 次に卵焼きである。以前にもこの連載で書いたことだが、自分が作った卵焼きを恋人に「美味しい」と絶賛された瞬間、ダムが決壊したかのような感情の爆発で、私はその場に泣き崩れるほどに号泣してしまった。甘えさせてくれる母親もおらず、厳格な父親にスパルタで育てられた私は、家族に自分の何かを褒めてもらうなんて経験がほとんどなかった。
 私の作った形の崩れたブサイクな卵焼きを「美味しい美味しい、上手にできたね」と食べてくれる人がいる。それが嬉しくて涙が止まらなくなってしまったのだ。子供のように泣きじゃくる私を抱き締め、恋人も一緒に涙をこぼす。いい大人が二人そろって一個の卵焼きで大騒ぎ。私はあの「卵焼き記念日」を一生忘れはしない。

 四十を過ぎたおっさんが自分で言うのも恥ずかしいが、私は褒められた方が伸びるタイプである。というより世の男性の90パーセント以上がそうだと信じている。
 彼女に褒めてもらえることが嬉しくて、あの日からずっと私は卵焼きを焼き続けている。もはや「得意料理は卵焼きです」と胸を張ってもいいレベルだろう。
 最近では、卵焼き専用のマイフライパンも購入して腕に磨きをかけている。カニカマや昆布、ハムなど卵焼きの中に入れる具材もいろいろ試しつつ、珠玉の作品を追及しているところだ。クレープのように折り重なった綺麗な断面を見て悦に入ることもしばしばである。
 恋人がいうには、私は卵焼きをへらでひっくり返すのが上手なのだという。この人と付き合わなかったら、自分の隠された才能に気付けないまま死んでいったんだろうな。卵焼きをうまく作れる才能に気付かせてもらえた私は本当に幸せ者だ。
 おにぎり、野菜の漬物、ソーセージに自慢の卵焼き。そしてルイボスティーの入ったマイボトル。これが今の私が作ることのできるベストのメニューでございます。

焼いてます。
焼いてます。
これがマイベストメニュー。
これがマイベストメニュー。

 もちろん、これだけでは寂しいので、焼きそばやそうめんにパスタなど、私にでもできそうな簡単なレシピは常に挑戦中である。つい最近では、この猛暑を乗り切るため、大好きなシーチキンをふんだんに使ったツナそうめんにもチャレンジした。

ツナそうめん。
ツナそうめん。

 私が飽きずに自炊を続けられるのは、やはり一緒にご飯を食べてくれる恋人の存在が大きい。一人暮らしの身なら、おそらく三日坊主で終わっていたことは間違いない。

1:夕食は必ず一緒に食べること
2:料理は恋人が、後片付けは私が主に担当する
3:出された料理は残さず食べること

 という三か条を守り、雨の日も晴れの日もご機嫌の日も喧嘩をした日も私たちは食事を共にしている。これが一緒に暮らすってことだよな。生活ってこういうことだよな。と分かったようなことを考えながら、私は今日も明日も明後日もこの人と一緒にご飯を食べる。
 つい先日、仲良くしているデザイナーさんの事務所に出向いた際、お手製の卵焼きを差し入れしてみたら、その人もうまいうまいと私の料理を食べてくれて、また目がウルウルしてしまった。誰かのために料理を作り、その料理を褒められて嬉しくて泣く。私の余生はこれでいいのかもしれない。
 美容はセルフケアが目的だが、健康と料理は自分のためだけではなく大切な人のために努力する方が日々の生活が充実する。そんなわけで、私は今日も卵焼きを焼くのです。
 これを読んでいるあなた、私の卵焼き、もっと褒めてください。

当連載は毎月第2、第4日曜更新です。次回は7月28日(日)配信予定です。お楽しみに!

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爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
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公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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