よみタイ

猫背改善計画! 98歳の祖母とデューク更家から美しい姿勢を学びます。

ドラマ化もされた『死にたい夜にかぎって』で鮮烈デビュー。作家としての夢をかなえた爪切男が、いま思うのは「いい感じのおじさん」になりたいということ。これまでまったく興味がなかったのに、ひょんなことから美容と健康に目覚め……。中年男性が本気で挑む美容と健康にまつわるエッセイ連載です。

前回は美容や健康によいとされる「炭酸水」をいろいろ試してみた著者。
今回はデスクに向かって執筆する時間の長い作家あるある、ではありますが猫背な著者が姿勢改善に挑戦してみました。

(イラスト/山田参助)

第45回 恥ずかしい!だけど楽しいトルソーウォーキング

(イラスト/山田参助)
(イラスト/山田参助)

 私はずっとだらしない姿勢で生きてきた。恥ずかしい。穴があったら入りたい。

「前から思ってたんだけど、もう少し背筋伸ばして歩いてくんないかな。一緒に歩いててちょっと恥ずかしいんだよね」
 長年連れ添った恋人から言われた思わぬひとことに、私はひどく狼狽してしまう。
「え、確かに少し猫背だとは思うけど、そのだらしなさがちょっと格好良くない? 年季が入ったオッサンの渋さを感じ……」
「ないです。靴の裏引きずって歩くクセもみっともないし、なんかせむし男みたいな歩き方だよね」
 せむし男……、いつも言いにくいことをハッキリと言ってくれてありがとう。愛ゆえの真っすぐな言葉、君の言葉が私を美しく変えていく。

 そうです。猫背なのである。
 執筆中も外を歩いているときも、メシを食っているときも、とにもかくにも猫背なんである。常に首がぐいっと前に出ており、坊主頭も手伝い、その見た目はまるで亀のよう。
 自分の姿勢が悪いことには薄々気付いてはいたのだが、先程も書いた通り、その猫背スタイルが逆に格好良いんじゃないか。私のようなしがない作家にはしっくりくるんじゃないかと勘違いしていた。
 それに、オッサンのくせにやけに姿勢が良いのって何か変じゃなかろうか。頑張って背筋伸ばしてますって感じ、逆に見苦しくないだろうか。あるがままに枯れていくのも一興ではないでしょうか。なんて自分を納得させてきたが、そういう考え方こそが老害につながるのかもしれない。
 スマホの普及、PCを使っての書き仕事、肥満による体形の変化、さまざまな要因が重なり、私の猫背は年々悪化の一途をたどってきた。たかが猫背、されど猫背。肩こり、腰痛、自律神経の乱れ、胃腸機能低下など、猫背によって引き起こされるトラブルは多岐にわたる。そろそろ自分の猫背と真剣に向き合うときがきたようだ。
 
 では正しい姿勢とはどういう姿勢なのか。調べてみたところ、以下のようなことらしい。
 壁に背を向け、こぶし1つ分開いた足幅で立ち、「後頭部」、「肩甲骨けんこうこつ」、おしりにある「仙骨せんこつ」、「かかと」を壁にピッタリとつける。 さらに、横から見たときに「耳の穴」「肩の中央」「脚の付け根の外側」「ヒザの外側中央」がまっすぐになるように意識して立つ。これが理想とのことだった。
 実際に立ってみた写真がこちら。

正しい姿勢って苦しい……。
正しい姿勢って苦しい……。

この苦悶の表情をご覧ください。背中を壁につけるだけで一苦労。どれだけ普段の姿勢が良くないのか一目瞭然である。
 そういえば、昔に通っていた接骨院で、担当の中国人男性技師が「あいや~! バリ硬ね! バリ硬ね!」と驚いていたぐらい、私の背中の状態は末期的らしい。肩甲骨周りがガチガチに固まっており、そのせいで最近は肩こりもひどいし、呼吸もしにくくなってきた。これはなんとかせねば。

 彼女のアドバイスもあり、まずはお風呂上りのエクササイズを実践してみる。多種多様な器具を使い毎日マッサージに励む彼女のことを、どこか好奇のまなざしで見つめていた私。あなたの日々の努力に気付かずにいた自分が恥ずかしい。本当にごめんなさい。

彼女からマッサージ器具を借ります。
彼女からマッサージ器具を借ります。

 まずは筋膜コーラーで首、背中、腰回りの筋肉をほぐす。これが……痛い。地味に痛い。そりゃそうだ。今まで何の手入れもしていなかった荒地に鍬を打ち付けているのだ。痛くて当たり前である。
 次はストレッチングクッションを試してみる。クッションを床に敷き、かまぼこのようなアーチ状になっている部分に背骨の位置を合わせて寝転がる。自分の手が届かない場所が刺激されてとても気持ち良い。背伸びをしたり、平泳ぎをするように手足をジタバタしたりして、肩甲骨と仙骨を動かすことをイメージして背中全体をほぐしていく。なんとも情けない格好だが、この一挙手一投足が明日の健康へつながると思えば頑張れる。
「裏返しになって起き上がれない虫みたいだね」という恋人の言葉にも負けないぞ。
 最後にストレッチボールを使い、体の至る所を丹念に揉みしだく。四十代までは好きな女のおっぱいを揉むことだけを考えて生きてきたが、これから先はそれと同じぐらい自分の体を揉んでやろう。私はそう決めた。

く、首が痛い……
く、首が痛い……
アーチ状のクッションを使って背筋を伸ばす。
アーチ状のクッションを使って背筋を伸ばす。
裏返って起き上がれない爪切男。
裏返って起き上がれない爪切男。

 さて、一週間ほどマッサージを継続してみたが、その効果はいかに? なんとあれだけ悩まされていた肩こりが若干マシになってきた。頻発していた片頭痛や耳鳴りもおさまり、体調は上昇傾向にある。風呂上がりの15分程度のマッサージでこれだけの効果があるのだから驚きだ。
 マッサージだけでなく、仕事中も常に背筋を伸ばすことを意識するように心がけてみた。執筆の合間に簡単なストレッチも取り入れると気分は上々。ただ、いくら心身が整ったところで執筆速度が遅いのは変わらない。それとこれとは全くの別のお話。ただ、どうせ思い悩むのなら、心身ともに健康で思い悩むほうが気分が良い。迷惑をかけられ続ける編集の方にはなんとも申し訳ない話だが。

 姿勢良く生きることの大切さを知った私は、ある男の力を借りることを決心する。その男の名はデューク更家。「デュークズウォーキング」という独自のウォーキングエクササイズを発案し、一世を風靡したウォーキングトレーナーである。
 その怪しげな風貌と軽薄な関西弁に加え、モナコに住んでいるとか、龍と交信ができるという怪しげな情報もあり、私はどこかで、いやハッキリとデューク更家を舐めていた。今まで馬鹿にしていてごめんなさい。健康に良い歩き方の第一人者とえばデュークしかありえない。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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