2024.2.25
命の恩人、まんきつさんへの十年越しのラブレター。『そうです、私が美容バカです。』は“人生の聖書”である
前回は日本が産んだスーパーフードというべき納豆を44歳にして初めて食べた著者の納豆リポートでした。
今回は、美容の先輩でもあり、恩人でもある漫画家のまんきつさんの新刊を読んで、改めて彼女との出会いを振り返ります。
(イラスト/山田参助)
第39回 そうです、私も美容バカです。
のんべんだらりと自由気ままに生きてきた私にも、足を向けて寝られない「命の恩人」ってのが、ひとりふたりほどいる。
DV親父、メンヘラ彼女、ラッパー、新宿二丁目界隈、その筋の方々など、多種多様な人たちと関わる人生を送ってきた私にも、初対面で「あ、クソやべえなこいつ」と戦慄を覚えた輩がひとりふたりほどいる。
年齢、容姿、国籍、二次元三次元を問わず、とにかく生粋の女好きである私にも、「こいつだけは絶対手を出しちゃいけない」と本能的に危険を察知した女がひとりふたりほどいる。
だが、命の恩人であり、マジでヤバい奴でもあり、さらに絶対に手を出してはいけない女というのはひとりしか存在しない。
私の人生に大きな影響を及ぼしたその人こそ、漫画家の「まんきつ」さんである。
そんなまんきつさんが『そうです、私が美容バカです。』という美容マンガをマガジンハウスから上梓された。
そう、まんきつさんは今、私にとっての美容の先輩でもあるのです。
記事が続きます
出会いは今から十年前、私が三十三歳、まんきつさんは三十八歳のときだった。思い返せば、初めて会った頃からまんきつさんは美しかった。綺麗とか可愛いとかではなく、他を凌駕する圧倒的な美しさであった。
芸能人に似ているとかそんな陳腐なレベルではなく、クレオパトラ、楊貴妃といった歴史上の絶世の美女、もしくは天照大御神やアフロディーテといった神話に出てくる女神に匹敵する美しさをまんきつさんは備えていた。お世辞無しでそう思う。
当時は「まんしゅうきつこ」というエキセントリックな名前で活動をされていたのだが、あまりにも美しいからゆえ、それを逆手にとった自虐ギャグとしてそのようなペンネームを名乗っているのだろうと邪推していたが、実際のところは、ネットでナンパをされにくい名前にしようとか、自分に自信を持てないことの現れ(一種の自傷行為)で考えた名前なのだという。人に歴史あり、名前にも歴史あり。
ただ、出会ったときから彼女は美しく、また同時に狂ってもいたのです。
当時私が働いていた新宿歌舞伎町にあるバッティングセンターに遊びに来てくれたまんきつさん。「体も動かすし……、それに初対面のときは薄着の方が逆に緊張しないと思って」と、まさかのネグリジェ姿で現れた彼女。欲望うずまく東洋一の繁華街に突如として舞い降りたネグリジェの女神。唖然とする周囲の目をよそに「おりゃ~! どりゃ~!」と大声を上げて金属バットを振り回すまんきつさん。その奇行さえも私の目には華麗に映った。ブサイクけものみちをひた走ってきた私と違い、この人は生まれたときからずっと美しかったんだろうな、その美と引き換えに人間として大切な感情を失ってしまったに違いない。そんな失礼な推測をしながらも「これはきっと一生物の出会いになる」と、私は感動と恐怖に打ち震えていた。
彼女の美しさが、若い頃のこっぴどい失恋をきっかけに長年努力してきた賜物だということを、当時の私はまだ知る由もなかった。
記事が続きます
まんきつさんが美容に目覚めたきっかけに始まり、長年実践してきた日々の美容法、おすすめ美容品の紹介、果ては美容医療体験レポまで言及されているこの本は、巷に溢れている一般的な美容本とは一線を画すものである。
以前紹介したMEGUMIさんの『キレイはこれでつくれます』が優秀かつお手軽な「参考書」だとするならば、まんきつさんの本は言うなれば「魂の本」だ。そのポップな絵柄で中和されているが、この本には美容に懸けるひとりの女のおそるべき執念が記されている。まさに血をインクにして描かれたような本なのだ。
人生も美容も実にままならない。
何をやってもうまくいかないとき、「わかりやすい参考書」があれば大丈夫な人もいれば、「心を揺さぶられる熱い言葉」を支えにして頑張る人もいる。
まんきつさんの『そうです、私が美容バカです。』は美容賛歌でありつつ人間賛歌に溢れている。いわば〝人生の聖書〟なのだ。こんなに笑えて、魂を震わされて、ちょっと泣ける美容本は他にない。
「美肌のためなら私 土だって食えます」
「自分自身が満足しているからもう十分なの」
これから先、私が美容で思い悩むことがあったときは、まんきつさんのこの両極端な言葉に何度も救われることだろう。
記事が続きます