2023.2.26
私の人生の全てはこのベランダに繋がっていたに違いない
ドラマ化もされた『死にたい夜にかぎって』で鮮烈デビュー。『クラスメイトの女子、全員好きでした』をふくむ3か月連続エッセイ刊行など、作家としての夢をかなえた著者が、いま思うのは「いい感じのおじさん」になりたいということ。これまでまったくその分野には興味がなかったのに、ひょんなことから健康と美容に目覚め……。
前回は身だしなみ改善のひとつとして 、苦手なメガネ店に行き、メガネを新調した著者。
今回も、新生活での一コマ。同棲生活の家事分担で洗濯を担当することになった著者。毎日着る衣服や布団など、肌に直接触れるものを清潔に保つことも美容と健康において大切なことだと気づいて……。
(イラスト/山田参助)
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第15回 洗濯初心者おじさん、ベランダの中心で愛を叫ぶ
「本日からあなたを洗濯大臣に任命します」
今後の同棲生活を円滑に進めるため、家事の分担について、改めて話し合った結果、〝洗濯大臣〟という責任ある職を拝命する運びとなった。〝ゴミ捨て官房長官〟と〝米炊き将軍〟ならびに〝食器洗いおじさん〟も兼任する。なお、家事全般を受け持つ彼女に関しては〝家事の神〟と呼んで崇め奉ることとなった。
洗濯か。
思い返せば子供の頃、実家にあった古い二層式洗濯機の「洗い→すすぎ→脱水」という行程をじっと眺めているのが好きだった。洗濯物がないのに洗濯機を回しては、親父によく叱られていた。
少しばかしの洗剤を入れ、しばらく放っておくだけで衣服の汚れを綺麗さっぱり落としてくれる洗濯機は、子供の目には魔法の機械に見えた。ぐるぐると渦まく水流を見ているだけでなぜか心が落ち着いたし、渦の中におそるおそる手を入れる〝スリル〟もたまらなかった。あの頃、洗濯機の中に広がる大海が私の心のオアシスだった。
大学生になり、一人暮らしを始めた頃は、炊事、掃除、洗濯をするのがこの上なく楽しかった。自由を手に入れた嬉しさと、「家事をこなすこと=一人前の大人になれた」という満足感で、日々の家事など全く苦にならなかった。
だがそれも四十を過ぎる頃になると、面倒で退屈なルーティンワークとしか思えなくなる。
限界ギリギリまで洗濯物を溜め込み、洗濯機を回すのは週に一度ぐらいのもの。着る服がないときは、その日に着たTシャツを裏返しに着て、部屋着にすることもある。
布団にいたっては、ずっと万年床状態でペッチャンコもペッチャンコ。もう布団なのかマットなのかすらもわからない。なんとも豊潤な香りが匂い立つ布団にくるまって寝ていると、映画『風の谷のナウシカ』のオームの触手に包まれているような気持ちになる。というか、そう思い込まないと寝れたもんではないわけである。
そんな具合に堕落しきった私が、この新生活を機に生まれ変わることができるのか。洗濯大臣の大役を務めることができるのか。
幸いにも、新居のベランダは南向きで日当たり良好ときたもんだ。肌に直接触れる衣服や布団を清潔に保つことは、ひいては美容と健康の維持にも深く関係してくる。
今こそ、もう一度〝楽しい洗濯〟を、いや私自身の〝心の洗濯〟をする、またとないチャンスなのである。
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