2023.2.12
メガネ屋嫌いのおじさん、ひとりでメガネを買いに行く
ドラマ化もされた『死にたい夜にかぎって』で鮮烈デビュー。『クラスメイトの女子、全員好きでした』をふくむ3か月連続エッセイ刊行など、作家としての夢をかなえた著者が、いま思うのは「いい感じのおじさん」になりたいということ。これまでまったくその分野には興味がなかったのに、ひょんなことから健康と美容に目覚め……。
前回は新恋人との同棲生活が始まり、愛する彼女との話し合いで食生活の乱れも改善していくエピソードでした。
今回は身だしなみ改善のひとつとしてメガネを新調することに。ただメガネ店が苦手な著者には一苦労あったようです。
(イラスト/山田参助)
第14回 メガネ屋をめぐる一人の男の大冒険
メガネ屋が苦手だ。
生まれてこのかたずっと苦手である。
何が苦手なのかと聞かれたら、店員さんとの距離感としか答えようがない。
「どのようなメガネをお探しですか?」と積極的に話しかけてくるのは許容範囲だとしても、問題なのは、視力検査、レンズ選定、そしてメガネの付け心地を調整をしてもらう際のあのなんともいえない距離感である。
触れようと思えば簡単に手が届いてしまう近さ、気持ち悪い言い方をすれば、いわゆる〝恋人の距離感〟で、自分の顔をじろじろと見られるのがつらくて仕方がない。
別に不快なわけではないのだ。小さい頃から「お前はブサイクだ」と親に言われ続けてきた後遺症なのだ。見た目も悪い上に視力も悪くてごめんなさい、こんな醜い姿をしていながらメガネを買いに来てごめんなさいという謎の謝罪の念と、どうかこれ以上私を辱めないでくださいという羞恥心がどうしても爆発してしまうのだ。
掌と額には嫌な汗がじっとりと滲み、激しい動悸とめまいに襲われる。ややこしい話だが、これが風俗店の場合だと全く平気なわけである。たとえお金で約束されたかりそめの愛だとしても、私にとっては充分な信頼と安心になるわけなのだ。
なんやかんや書き連ねてきたが、要は私が自分の容姿に全く自信を持てないだけの話なんである。自分を好意的に受け止めてくれる人にしか、私のパーソナルスペースに入り込んで来て欲しくないのだ。
同じく距離感が近い歯医者や美容院などは、こちらが目を閉じてさえいればなんとかやりおおせるが、メガネ屋だけはそうはいかない。店員さんは自分の仕事を遂行しているだけなのに、こんなことを言われても困ってしまうだろう。本当に申し訳ないと思っている。
ああ、できるだけメガネ屋に行かない人生を送りたい。そんじょそこらのことじゃ壊れない世界一頑丈なメガネが欲しい。自分の視力の変化にともない度数を自動で合わせてくれるハイテクメガネを誰か発明して欲しい。政治も科学ももっと身近な生活に寄り添って欲しい。
だが、そんな願いもむなしく、メガネ屋はまたもや私の人生に大きく関わってきた。
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