よみタイ

カップ麺中毒の男、自炊はじめました。今日が私たちの「卵焼き記念日」です。

 だが、我が家の「台所」の主であり、同棲を機に健康的な食生活を構築しようと意気込む恋人によって、カップ麺を食すことは固く禁じられることとなった。もとより覚悟はしていたものの実に悲しい。炭酸飲料だけでなく、カップ麺にもサヨナラを。両の翼をもぎ取られたような深い深い絶望に私は胸を苛まれる。

 いや、まだ交渉の余地はある。二度と食べられないなんてさすがにひどすぎる。年に一度の夏祭りの日を待ちわびる子供のように、年に一度の七夕の日を胸焦がして待つ彦星と織姫のように、私にだって年に一度ぐらい、カップ麺を心ゆくまで食べられる日があったっていいじゃないか。

 私は強い気持ちを持って恋人との交渉の席に着く。この人だって鬼ではない。話せばきっとわかってくれる。こちらの熱意が伝われば「うん、わかった。でも年に一度と言わず月に一度食べてもいいよ」と意地らしいことを言ってくれそうな気もする。うん、我に勝算あり。

「じゃあ年に四回食べていいよ。春、夏、秋、冬で季節ごとに食べるの面白そうじゃん」

 鬼だ。鬼がいた。
 いや、一食が四食に増えたのだから万々歳か。ここはポジティブに受け止めよう。春は春野菜をふんだんに盛り合わせた「サッポロ一番」を。夏にはちょっとしたお祭り気分を味わうために「ペヤングソース焼きそば」を。中秋の名月を眺めながら、「チキンラーメン」の上に卵を落とし、月見カップ麺といくのも乙なものだ。そして大晦日には、一年の総決算として「緑のたぬき」を年越し蕎麦として大いに食らおうじゃないか。

 しかし、カップ麺でこのザマでは先が思いやられる。これからの共同生活をよりよいものにするためにも、まずは「食」に関する共通認識を持つことが先決だ。
 そこで私たちは、お互いの食の嗜好を紙にザラっと書き出すことに。好きなものと苦手なものを嘘偽りなく全て曝け出す。

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新刊紹介

爪切男

つめ・きりお●作家。1979年生まれ、香川県出身。
2018年『死にたい夜にかぎって』(扶桑社)にてデビュー。同作が賀来賢人主演でドラマ化されるなど話題を集める。21年2月から『もはや僕は人間じゃない』(中央公論新社)、『働きアリに花束を』(扶桑社)、『クラスメイトの女子、全員好きでした』(集英社)とデビュー2作目から3社横断3か月連続刊行され話題に。
最新エッセイ『きょうも延長ナリ』(扶桑社)発売中!

公式ツイッター@tsumekiriman
(撮影/江森丈晃)

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