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横浜市長選挙で起きたもう一つのバトル。「落選運動」を展開した郷原信郎氏にいろいろ詳しく聞いてみた。

今回の落選運動は成功? それとも失敗?

――落選運動で山中さんと小此木さんを対象にしたことで、それぞれの支持者から「嫌がらせはやめろ」という声はありませんでしたか。

郷原 ツイッター上やブログへのコメントにはそういうことを言ってくる人はいました。とくに、私が立候補の意思を取り下げていない段階ではネガティブな意見が多かったと思います。「選挙に出るなら自分の訴えをしろ」「同じ野党系なのに、なぜ山中氏の足を引っ張るようなことをするんだ」「やり方が汚い」「自分の当選のために人の足を引っ張るな」という評価ですね。この段階では、11万人弱いるツイッターのフォロワー数は減り気味でした。ところが8月5日に出馬の意思を撤回して落選運動を明言してからは、フォロワーの数がバンバン増えました。

――減少から増加に転じたんですか。

郷原 選挙期間だけで2500人ぐらい増えました。その増え方からしても、落選運動を支持してくれている人が多いと感じました。自分の立候補を取りやめたから、私には個人的利益はありません。やっていることに文句を言われる筋合いもない。もちろん山中氏を推薦する立憲民主党など山中陣営の人達からは反感をもたれたようですが、私のところに直接言ってくる人はいませんでした。届いたのは、警察を通じての「殺害予告」だけでした。

――精神的に強くないと落選運動はできなさそうですね。

郷原 基本的に自分の利益にはならないことなんですよね。だから、「こんな人が首長として選ばれることが絶対に納得できない」という思いがないとできない。私は2017年9月から今年の7月6日まで、横浜市のコンプライアンス顧問を務めました。横浜市の職員のことを考えた時に、山中氏が市長になることだけは何とかして阻止したいという強い思いがありました。だから自分でやれる限りのことをやろうと思ったわけです。

――ただ、そこで「この人がふさわしい」とやるのはアウトになる。

郷原 それは落選運動ではなく選挙運動になり、公選法の規制を受けることになります。落選運動で結果を出そうとすれば費用もかかります。全部個人負担でやるのはかなり辛い。今回はホームページ上で「落選運動にこういう費用がかかります」と具体的に明示して寄付をお願いしました。今回はインターネット広告でかかる費用について若干寄付をしてもらいました。

――寄付は集まりましたか。

郷原 もともと出馬表明をした時点で、横浜で事務所を借りる費用も含めて2000万円程度の自己負担を予定していました。落選運動に切り替えた時点で、その半分の1000万円までの負担は覚悟していました。落選運動のインターネット広告の費用のうち約50万円は寄付で賄うことができました。

――今回の落選運動は成功だったんでしょうか。それとも失敗だったんでしょうか。

郷原 菅政権に対する大逆風で「山中氏圧勝」という結果に終わってしまったけれど、落選運動が多くの人の認識に繋がった面はあると思っています。選挙結果を左右するほどの風にはならなかったけれど、多くの人に「山中氏には問題があるのではないか」という認識を持ってもらえた。それは選挙後にもつながっていきます。私の落選運動は投票日で終わりましたが、今度は新市長の疑惑を追及するということに繋がっていくと思います。

――有権者が横浜市政に関心を持ち続けるきっかけになった、と。

郷原 落選運動を展開したことで、いろんな人が情報を寄せてくれました。その結果、問題を追及できるだけの資料を集められました。十分成果が上がったと思います。これから山中市長に関する問題が生じるたびに、私の落選運動を思い出してもらえばと思います。

――一方で、今回の横浜市長選挙でも投票率は50%に届きませんでした。

郷原 今回の選挙もそうですが、政党間の争いに単純化されてしまうと、どうしても関心が希薄になってしまいます。本当は「横浜市をどう考えるのか」という政策論争を戦わせるべきです。それと同時に、本当に信頼できる人なのか、市長にふさわしい人なのかをみんなで議論するということを当たり前にしなければならないと思います。

落選運動での疑惑について山中市長が反論しなかった理由は?

 8月30日、山中竹春氏は横浜市長に就任し、記者会見を行った。私も記者会見に出席し、山中市長に直接、質問をした。最大の関心を持って質問したのは、郷原氏が落選運動で指摘してきた疑惑について山中氏が反論してこなかった理由だ。私の質問に対する山中市長の回答は次のようなものだった。

「選挙に出るということについては、本当にいろいろなことを書かれるんだなというふうに正直なところ思いました。あの、まあ、市民の方にですね、しっかりと自分の取り組みを理解してもらう。その努力がもっとも重要なのではないかと思っております」

 就任記者会見は多くの記者が挙手をする中、36分で打ち切られた。
 もし、郷原氏の指摘が間違っているのであれば、反論をしたほうがいいのではないか。それとも今後、法的な措置を取ることもあるのだろうか。
 私はこの点を質問しようと山中市長に声をかけたが、山中市長は記者会見場を後にしてしまった。 
 
 次の記者会見の予定は、9月6日現在、決まっていない。

筆者も参加し直接質問した8月30日の山中竹春市長就任記者会見。次回はいつ?(撮影/畠山理仁)
筆者も参加し直接質問した8月30日の山中竹春市長就任記者会見。次回はいつ?(撮影/畠山理仁)

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畠山理仁

はたけやま・みちよし●フリーランスライター。1973年生まれ。愛知県出身。早稲田大学第一文学部在学中の93年より、雑誌を中心に取材、執筆活動を開始。主に、選挙と政治家を取材。『黙殺 報じられない“無頼系独立候補”たちの戦い』で、第15回開高健ノンフィクション賞を受賞(集英社より刊行)。その他、『記者会見ゲリラ戦記』(扶桑社新書)、『領土問題、私はこう考える!』(集英社)などの著書がある。
公式ツイッターは@hatakezo

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