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異種ヤンデレ純愛幼馴染ハーレムBL──風来山人『根南志具佐』の「やおい」としての再解釈

明治時代以降の文学と比べ、実際に読まれることの少ない江戸文芸。しかし、芭蕉の俳句や西鶴ら以外にも、豊饒な文学の世界が広がっています。 江戸時代の作品を愛読してきたJ-POP作詞家の児玉雨子さんが、現代カルチャーにも通じる江戸文芸の魅力を語る、全く新しい文学案内エッセイ。 前回は、『春色梅児誉美』と明治期少女小説を比較・考察しました。 今回は、「風来山人」ことあの有名人物による衝撃の作品を読み解きます。
イラスト/みやままひろ
イラスト/みやままひろ

「風来山人」の正体は……

 図書館の全集の棚を眺めているときに、『風来山人集』と書いてある背表紙が目に留まった。この名前だけでピンとくる方々はちょっと読み飛ばしてほしいのだが、浅学ながら私はこのひとが誰なのか知らなかった。なんか気取った名前だなぁと思いながら、それを手に取って表紙を開くと、この肖像画が表れた。

鳩渓は源内の画号。『日本古典文学体系55 風来山人集』(岩波書店、1978)
鳩渓は源内の画号。『日本古典文学体系55 風来山人集』(岩波書店、1978)

 この独特の目つき。さすがに一度は見たことがある――平賀源内だ。

 彼はかの有名なエレキテルの復元をはじめ、温度計や燃えない布などを発明し、蘭学を修め、天才と呼ばれたひと。そんな平賀源内は、戯作(現代でいう小説)・俳諧・浄瑠璃・絵画などの文芸・美術にも精通していた。この気取った「風来山人」という名前は、彼の戯作の活動でのペンネームだった。浄瑠璃作家としては「福内鬼外ふくうちきがい」という、気取るどころかふざけたペンネームもある。

 今回は、そんな風来山人(以降、源内のことは戯作ペンネームで呼ぶ)の代表作として挙げられる『根南志具佐』(1763・宝暦13年)を読んでゆく。

『根南志具佐』のあらすじ

『根南志具佐』は、人気女形の二代目荻野八重桐が舟遊びをしている最中に溺死したという、当時実際に起きた出来事をもとに、その実は地獄の閻魔大王が別の人気女形:二代目瀬川菊之丞に惚れてしまい、菊之丞を地獄に連れてこようとしたが、色々あってその身代わりに八重桐が入水してしまった、という物語だ。題名は、この実際の出来事に作り話を捏ねた「根も葉もない話」を意味している。

 物語は、菊之丞と関係を持っていた若い僧侶があの世にやってきたことで始まる。彼は菊之丞に入れあげるあまり首が回らなくなり、師匠の金を盗む罪を犯し、生臭坊主として閻魔大王の元にやってきた。閻魔は男色に抵抗を示していたが(彼の言動が、現代の性的マイノリティ差別をするひとの言動と何ら変わらないのが興味深い)、僧侶があの世まで持ってきた菊之丞のブロマイドを見て一目惚れ。なんとかして菊之丞を傍に置きたいと思うが、彼の寿命はまだまだ先なので、自分の従えている神々を招集し会議をし、その中でも水を司る龍神に、菊之丞を殺して連れてくるよう命じる。

 命を受けた龍神は竜宮城に戻り、眷属を集めて、菊之丞誘拐の計画を立てる。その中でも伊勢海老は、(現代でいう西麻布・六本木・銀座・赤坂のような)派手な歓楽街に出入りしており芸能人事情にも詳しく、菊之丞が近日中に隅田川で舟遊びする情報を掴んできた。それをもとに河童(*1)が、菊之丞をおびき寄せる実行人となる。

 伊勢海老の情報の通り、菊之丞はその日に隅田川で役者仲間たちと一緒に舟遊びに来ていた。一同はしじみを取りに小舟に乗り換えていたが、菊之丞は俳諧の発句を思いつきそうだったので、舟にひとり留まっていた。

 菊之丞がいい感じの発句を思いついて詠んでみると、どこからかもっといい感じの脇句が返ってきた。その声の主を探していると、笠を深く被った24,5歳ほどの若い侍が、小舟に乗ってこちらを見つめていた。菊之丞はその侍に少しときめいてしまうが、あの亡くなった僧侶のことを思い出して惑っていた。

「夏の風になりたい。君の服の中に忍び込める風に」

 おもむろに侍はそう歌を詠んだ。菊之丞は「私も、風を誘う扇を煽る手を止めて、その骨の隙間から君を覗き見つめたいです」と返し、侍は自分の小舟から菊之丞の舟に移って来て、ふたりは舟の上で交わる。

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児玉雨子

こだま・あめこ
作詞家、小説家。1993年生まれ。神奈川県出身。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。2021年『誰にも奪われたくない/凸撃』で小説家デビュー。2023年『##NAME##』が第169回芥川賞候補作となる。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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