2022.7.26
夕霧太夫の昼の顔──山東京伝『青楼昼之世界錦之裏』で描かれた遊女のリアル?
女郎屋での日常
あらすじはこうだ。作品の舞台は大坂新町、喜左衛門が亭主の吉田屋という女郎屋。お店が終わった早朝、盃があちこち転がり、懸盤や食器もうずたかく積み重なり、便所には吐瀉物が花を咲かせている。遊女見習いの「振袖新造」(*1)、客もとりつつの世話をする「留袖新造」、年季を勤め上げたあとも女郎屋に残り、花魁のマネージャーのような仕事をする元遊女の「番頭新造」、そして下働きの子ども「禿」と、女郎屋にいる遊女やスタッフたちはあちこちで突っ伏して折り重なるように眠っている。昨夜厚く塗った白粉は落ちて、すっぴんはテカテカ。鼻の疱瘡のあとや、首にあるちょっとした傷もあらわになっている。髪の毛も崩れ、豪華な髪結いやかんざしなどで隠していた薄い分け目も、朝日に照らされてありありと見えている。
そんな中でも美しい花魁:夕霧は、茶屋に客を送ってきたあと、自分の部屋の戸棚の奥をなにやらこっそり覗いている。そこに、遊女や禿たちの監督である「遣り手」(*2)がやってくる。夕霧は戸棚の中に何かを隠しているのか、とぼけながら遣り手と世間話して、その場をやり過ごす。
朝7時から9時の五つ時になると、茶屋のスタッフが、昨晩客が置き忘れていったタバコを代わりに受け取りに来たり、遊女が書いた客への営業恋文を受け取ったり、花魁が食べたいと言ったもののおつかいに行ったり、客ではなく、同じ業界のひとたちの出入りが増える。魚屋がやってきたので、料理番と亭主は店先に降りてきて買い物をし、一日の下拵えを始めている。

朝9時から11時の四つ時、二階にある夕霧の部屋で寝ていた新造たちが起き始める。普段、夕霧のマネジメントをしている番頭新造の川竹も、夕霧の着物を着て、ぼんやり寝ぼけながら朝の準備に取り掛かる。
好きでもない客からの恋文を読んでいる夕霧の後ろから、少し目覚めて掃除を始めた川竹がそれを覗き込む。ふたりしてニタニタ笑い、そしてその手紙を破り捨ててしまう。淋病に効くという薬を作ったり、とっちらかった食器を片付けたり、女郎屋の中はバタバタと忙しい。
朝食をとったあと、川竹は呉服屋の売り子に着物や布の注文をし、夕霧は湯を浴びてから髪結いやお歯黒などの身支度を始める。それらすべてが終わると、夕霧はひとりでしょんぼりと火鉢の前でうなだれて、何かものを案じている。
それから時が経って午前0時の九つ時、女郎屋の営業が始まる。夕霧は喜左衛門に「昨晩はありがとうございました」と、何か意味深なお礼を言う。喜左衛門は彼女に特に恩を着せることなく、常連客の待つ茶屋へ送り出す。
喜左衛門や遣り手など、店の経営陣が忙しなく仕事のやりとりをしている間に、夕霧は茶屋に行ったものの、客の事情でキャンセルになって早めに帰ってきた。川竹はそんな夕霧に「これからの時間がもっと忙しくなるから、今のうちに部屋に戻って」と、周囲に気をつけながらこっそり耳打ちする。
夕霧は二階の自分の部屋に戻り、今朝何やらこそこそと覗いていた戸棚を開けると、そこには恋人の伊左衛門が入っていた。伊左衛門はある商家の生まれだが、あまりに夕霧に入れ込んでいたので勘当された身。それでも夕霧に会いに、昨晩身ひとつで店に来たまま、ずっとそこに隠れていた。ちなみに、喜左衛門も川竹も、伊左衛門と夕霧の関係を知っていて、ふたりが一緒にいられるように手助けをしてくれていた。朝は他の客の手紙を嘲笑っていた夕霧だが、伊左衛門を前にすると睦言ばかりが口から出てくる。
深夜2時の八つ時、隣の部屋から新造たちが遊ぶ百人一首かるたの声が聞こえてくる。三条院、和泉式部、藤原清輔、藤原義孝、右近など、詠まれる歌はどれもふたりの心情を代弁するかのよう。いっそ心中してしまおうか、いいや死にたくない……とふたりの愛が揺れ動いていると、夕霧の様子を訝しんでいた遣り手がやってきて、伊左衛門を暴く。遣り手は男衆を呼んで伊左衛門を殴り懲らしめようとするが、夕霧が身を呈して彼を守ろうとする。そんな中、夕霧の同僚のなじみ客だった算右衛門がやってきて、夕霧の見請け(*3)の手付金を立替えた。実は、算右衛門は伊左衛門の店の番頭をしており、主人に伊左衛門の情状酌量を求めた結果、伊左衛門の勘当が撤回されたのだ。また算右衛門は夕霧の真剣さに感動し、ふたりを助けたのだという。夕霧と伊左衛門は「かたじけない」と手を合わせて伏し拝んだ。