よみタイ

江戸POP道中文字栗毛
明治時代以降の文学と比べ、実際に読まれることの少ない江戸文芸。しかし、芭蕉の俳句や西鶴ら以外にも、豊饒な文学の世界が広がっています。
江戸時代の作品を愛読してきたJ-POP作詞家の児玉雨子さんが、現代カルチャーにも通じる江戸文芸の魅力を語る、全く新しい文学案内エッセイ。

前回取り上げたのは、江戸時代の流行語でした。
今回は「敵討」を描いた作品を児玉さんが読み解きます!

復讐と恋と少年少女──『敵討義女英』にみる「敵討」と女性表象

イラスト/みやままひろ
イラスト/みやままひろ

江戸時代までは〈報復〉が許可されていた

「目には目を、歯には歯を」とは、紀元前18世紀のバビロニアで作られた、ハンムラビ法典に記された復讐に関する有名な法律だ。誤解されやすいが、これは「片目を潰された場合、やり返していいのは同じ片目だけ」と報復を同程度に制限する法であって、決して復讐を促す言葉ではない。この法律ができたということは、被害者が加害者に過度な報復を与え、遺恨の絶えない例が複数あったと解釈してもよいだろう。その後、キリスト教では報復は神が執行するものとし、人間による復讐を禁じた。近代法では復讐や私刑を禁じ、罪には法によって定められた罰が下ることとなった。

 一方、江戸時代までの日本では「敵討かたきうち」と呼ばれる報復は、幕府に届出をすれば許可されていた。許可どころか、武家社会において敵討は家の面目を保つ美徳として推奨され、また敵討を題材にしたフィクションも多く制作された。平成一桁台生まれの私は観る機会がほとんどなかったのだが、少し前まで『忠臣蔵』を取り扱ったドラマは、テレビ業界では一大プロジェクトであり人気コンテンツであったという言説を目にしたことがある(*1)。『忠臣蔵』のドラマが放送されなくなっても、たとえば『半沢直樹』のように、権力者や年長者に「報復」する物語の人気は根強い。復讐は現実でもフィクションでも、ひとの理性の蓋を外し、身も心も強く揺さぶる。

 今回はこの復讐――敵討の作品の中でも『敵討義女英かたきうちぎじょのはなぶさ』という、一風変わったストーリーの黄表紙を紹介したい。

シリアスな黄表紙『敵討義女英』

『敵討義女英』(1795・寛政7年)は、南杣笑楚満人なんせんしょうそまひと作、歌川豊国画で、この作品で楚満人はブレイクした(*2)。本作は1787年からの寛政の改革で、黄表紙などの戯作(娯楽小説のこと)が厳しい表現規制を受けた時期の作品で、それまでの黄表紙の滑稽なイメージとは打って変わって、シリアスな敵討の物語だ。上、中、下巻の三冊で構成されている。以下、少し長くなるが、物語の筋をそれぞれ説明する。

 上巻では、湯治の旅先で仲が良くなった武士の桂新左エ門かつらしんざえもん舟木逸平ふなきいっぺいの登場から始まる。新左エ門の長男:浅太郎あさたろうと、逸平の息子:芝之介しばのすけの間にトラブルが起こり、息子たちは親の目を盗み決闘をする。その結果、浅太郎が負けて死亡し、彼の亡骸を見つけた父の新左エ門は、その傷はとても子どもの仕業には見えず、逸平が自分の息子を殺したのだろうと思い込み、敵だとみなす。

 中巻では、芝之介も決闘の怪我で死んでしまい、さらに浅太郎の父:新左エ門もかねてからの病で床に臥した。新左エ門は次男の岩次郎に、逸平を殺して兄の敵を討つように伝えてから死んでしまう。岩次郎は十六歳になると、それに従い敵を討とうと逸平が住む下総(現在の千葉県北部)の国に向かう。その道中、岩次郎は一音という僧侶の助けを借りて彼の庵に住む。十七歳になった春、岩次郎と歳の近い、竹荀斎ちくじゅんさいというひとの美しい娘:小しゅんと出逢う。

 下巻では、岩次郎は小しゅんに、自身に託された敵討のことを打ち明け、「この戦いが終わったら結婚しよう」という、現代の我々からすると死亡フラグとしか言いようがない約束を交わす。しかし、それを聞いた小しゅんは内心大変に動揺していた。小しゅんは敵である逸平(竹荀斎は改名した名前)の娘、つまり芝之介の妹であった。板挟みになった小しゅんは、自分が父の身代わりとなることを決意し、その旨の書き置きを残して岩次郎に首を斬られる。敵を討ったと思った岩次郎だが、取った首を見れば小しゅんであることに気づき、深く嘆く。岩次郎は逸平に、小しゅんの敵として殺されようと申し出たが、逸平は彼を宥めて因縁を終わらせ、彼を養子として迎え入れる。やがて岩次郎は後を継いで舟木家を栄えさせた、という物語だ。

 前回紹介した『金々先生栄花夢』よりも筋が複雑だ。途中、岩次郎に宿泊する場を提供する一音というお坊さんは、過去に子を失ったことで出家したという設定があり、一音=逸平か? と思わせるミスリードもある。また黄表紙としてのユーモアは、上巻で失踪した浅太郎を探す下人の台詞部分にしかない。

三人の下人のうちひとりが「若旦那があさつたらう(「朝っぱら」と「浅太郎」をかけている)から出て、まだかつらねへ(「帰らねえ」と「かつら」をかけている)」と言葉遊びをしている。本作のユーモアはこの場面しかない。
三人の下人のうちひとりが「若旦那があさつたらう(「朝っぱら」と「浅太郎」をかけている)から出て、まだかつらねへ(「帰らねえ」と「かつら」をかけている)」と言葉遊びをしている。本作のユーモアはこの場面しかない。
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児玉雨子

こだま・あめこ
1993年神奈川県生まれ。作詞家、作家。明治大学大学院文学研究科修士課程修了。アイドル、声優、テレビアニメ主題歌やキャラクターソングを中心に幅広く作詞提供。著書に『誰にも奪われたくない/凸撃』(河出書房新社)。

Twitter @kodamameko

(写真:玉井美世子)

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